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「教師は五者たれ」ではやっていけない

 医者で作家の南木佳士氏のエッセイ集『急な青空』(文藝春秋,2003年)にこんなくだりがある。

「…まっとうな勤務医であるということは実に多様でハードな役割を背負わされていることなのだと分かった。/隠された重病を見落とさない細心の観察者。患者さんに苦痛を与えない習熟した技術を持つ検査屋。心身の回復のみを考えて大量の抗癌剤を投与する修理屋。そして,生身の人間である患者さんの,死への不安をともに分かち合うカウンセラー。/一人で何役こなせばいいのだろう。しかも,相手にしているのは常にかけがえのない人命だからどの役も気も抜けない。」
(「フォークダンスの記憶」南木佳士『急な青空』所収)

 氏は,芥川賞も受賞した作家であり,現在も臨床を行う内科医でもあるのだが,数年前より心身に不調をきたし「うつ病」となった。このエッセイ集は,「うつ」も回復傾向にあり,執筆も臨床も行っている時期のものだ。医師のハードさをいくつかの役割で説明をしている。
 このくだりを読んで,では,おなじく先生である中学教師の場合はどうかなとのんびり考えてみた。
 まずは,観察者のくだり。教師も,生徒のちょっとした心の変化も見逃さない観察者には違いない。次に,医者なら検査屋であろうが,教師なら生徒にストンと落ちる生徒指導のできる技能をもった技術屋といえるだろう。その次,抗癌剤の投与による修理屋にはなれないが,生徒の人間関係の修復や学級経営上の関係性の修復をはかる役割はもつだろう。最後に教師もカウンセラーの役割をになうのは周知の通り。
 そうやって考えると教師も医師同様にいろんな役割をになっている。医師のように生命を相手にはしていないだけ楽かもしれないが,生身の人間を相手にしているのであるから,気の抜けないのは事実である。
 教師の場合は,このほかにも,教科においては専門家であり,授業研究をする研究者であり,金銭処理をする経理屋であり(私は,26歳のときに係として350万の金が動く会計簿を持たされていた。また,当時は学校名義の通帳を3つ持っていた。事務職員でなくても,こういうことはたまにある),広報業務として学級通信ほか各種文書を書き,校内美化で掃除をして…,まあ,細かいことはさておき,雑多な仕事に追われていて,授業のない空いた時間はいつもパソコンに向かっている。どうして,こんなに仕事があるのだろうというのが,一般的な教師の日常である。
 そのうえ最近は,保護者からの苦情も多くなってきてその対応に追われ(早く現場に「お客様相談窓口」業務担当をつくって,学級担任にクレーム処理をさせないようにするべきだと思う),法的措置をとられた場合の事例研究にも余念がないという状況だ。
 こういう,いつもなにかしら忙しい状況が現場の日常になることによって,教師は多忙感にさいなまれるようになる。そうして,何かのきっかけによって(たとえば,学級経営上のつまずき,保護者のクレーム,同僚との人間関係上のトラブルなど)教師もまた「うつ」傾向になってしまうのであろう。
 ところで,教師の役割について言葉に「教師は五者たれ」というのがある。これ,恐らく師範学校や士官学校の時代から言われているような古い言葉だと思うのだけど,今でも耳にする言葉だ。私も,新卒教師の研修などで,何度か耳にしている。初出を知りたいのであるが,あまりに古くてわからないのでしょうね。
 で,五者というのは次の五つ。すなわち,学者,医者,役者,易者,最後に芸者である。
 専門的な知見を持てということで学者。2つめは,先ほどの話題の続きのようだが,生徒の心身を健康にするので医者。3つめは,生徒の前では,いろんな役柄を演じてみせるから役者。4つめは,生徒の将来について的確なアドバイスをする易者。最後の芸者というのは,着物を着てお酒の相手をする芸者さんではなくて,芸達者という意味の芸者。この最後を,お酒の相手の芸者さんと勘違いして,芸者のように生徒にサービスせよなんて解説する人がいるが,それじゃあ色っぽいでしょうに。
 これが五者。教師は,勉強だけ教えるんじゃなくて,子どもに対してこの五つの役割もになっているんだよ,と若い教師に説諭するわけだ。けど,こういう昔からの言葉をきくたびに,私は,やっぱり昔の教師はのんびりしていたんだろうなあと,牧歌的状況を空想してしまう。
 今日び,この五つだけじゃあ現場は到底つとまらないでしょう。最近だったら,この五者に加えて,会計士や広報官やカウンセラーや,ハウスクリーナーや,苦情窓口担当や法律家や…,なんだかんだ考えると,すぐに十者や十五者くらいにはなりそうである。つまり,教師の役割が,昔よりもずっと多様化しているということだ。
 そして,そういう状況のなかで,教師の役割すべてを完璧にこなそうなどと思う教師が「うつ」になったりするのだろう。
 それど,こんなに役割を担わされたって,完璧にできる人間なんていないと思うほうが正しい。日本全国の教師は,頑張って仕事している振りして,手を抜くところは抜いているのだ。そうじゃなかったら,全国の教師みんなパンクしてしまう。
 全国的にこの連休明けからしんどくなる教師は増える傾向にある。6月に入ると,休職者や最悪自殺する教師も出てくるようになるという。同じ教師として,しんどくなっている教師になんとか乗りきって欲しいと切に思う。
 なんでもかんでもこなそうと思ってはいけないのだ。それは,そもそも発想として間違っていると考えるべきだ。多忙感にさいなまれているのは,みんな同じだ。みんなそこそこ手を抜いているのだ。頑張って仕事するのは素敵だけれど,それで「うつ」になったら何にもならないのである。

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