ツークラ関東GUMI

ツーリングクラブ関東GUMI

バイク好き、ボルティー好きの仲間が集まって作ってます。
元Volty関東組

眠れない夜は長いねぇ

2013年08月31日 | けんたの部屋

眠れない夜は長いねぇ







昼間、薬が入っていたとはいえ、かなりの時間寝ていたために、深夜になっても寝つけなかった。
それでも、家とかにいてTVとかで時間が潰せればまだいい。
病室のベッドサイドにはTVはあるものの、顔の真横にある台にのっかているために
顔を90度に曲げて見なければならない。
これが結構ツライ。
しかも深夜にTVをつけては周りのヒトに迷惑だしね。





いい加減、寝すぎて腰と頭が痛くなってきた。
我慢しきれず体を動かそうとすると、切った左肩に激痛が…。
しかし、「動くと右肩が痛いから」という理由で、
ツタンカーメンの様に身動きせずにじーっと寝ているのももう限界だ。


痛みをこらえ何とか起き上がり、ベッドサイドに座る。

一気に血圧がダウンし、少し脳貧血になる。
でも、起き上がれるって素晴らしいね。
ちょっち気分が良くなった途端、
肩が痛くなり、起きていられなくなる。
大体3分ないくらいだ。
たったこれしか起きていられないなんて!

しかし、腰の痛みと頭痛は耐え難く、少し起きて痛みが出ると横になり、
痛みが引いたらまた起きるということを繰り返す。
が、今度は起き上がると強烈に空腹を思い出し始めたではないの!
少し気が弱っていたのかな。
この空腹感は、心理的にかなりの負担だった。
ホントは許可が出るまで一切の飲食はダメらしいのだけれど、一口だけ水を飲んでしのぐ。
たかが骨一本折れただけで、エライ目に逢うなぁ。








7月31日に入院の手続きのとき、
担当さんから
「電動リクライニングのついているベッドにしますか?差額が出ますけど」
と質問があった。
お嫁様はしばらく考え、
「多少高くても、電動でお願いします」
と言ってくれた。

ここにきて、その電動ベッドが活躍!
いっぱい起こすと痛いけれど、肩の痛みと腰の痛みが折り合いつけられるところを探して少しだけ体を起こす。
これでかなり楽になった。







夜間帯になると、看護師さんは1時間ごとに様子を見に来る。
僕は手術が始まってから、ずーっと点滴を入れっぱなしで、
看護師さんはそれの様子を見ていくのだけれど、
夜中に起きている僕を見て
「おしっこでそう?かなり(点滴を)入れているから出ないとまずいのよねー。もし(朝の)6時まで出なければ、ライン入れますね」







「えーー!!」



ラインとは、もちろんスマートフォンで使うそれではなく、
排尿が困難な人に、尿道へ管を入れておしっこを出す管のコト。
あれ、痛い(らしい)んだよ。
手術のとき全身麻酔していたのだから、どうせ入れるのならその時入れてくれたらよかったのに。(/_;)
この時点で深夜2時。
ここから1時間ごとに、尿瓶と尿意と傷の痛みとの戦いが始まる。





3時、4時と5時の戦いは、
「出ないとラインが入る」
という焦りからか傷の痛みからか。
またはベッドサイドでコトにいたるというコトへの心理的禁忌なのか、
一滴も成果が出ないままであった。

チャンスはあと6時のときのチャレンジ1回のみ。
「もうだめかも…」
心が折れそうになるが、
お尻に座薬を入れられた衝撃を思い出す。
「あれと似たようなことを尿道でされたら」
折れそうな心を何とか立て直す。



腰が痛く、
頭も痛く、
もちろん肩も痛いうえに空腹ときたもんだ。
これに尿道の痛みもプラスされるのか?
続きはまた今度。



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けんた、とんでもない勘違いをする

2013年08月28日 | けんたの部屋

「嫌な予感がするからエンジンなんか回してやらない」
っていう折角のZXの警告を感じ取れなかったばかりか、
調子にノリノリでコケた挙句に右鎖骨を粉砕骨折したけんた。
なんとかかんとか地元の病院にたどり着き、入院の手続きをするのだった。



7月31日、受傷したその日の夕方に受診し、8月2日からの入院、手術が決まった。



8月1日
へし折れた鎖骨の痛みを抑えるため、三角巾で腕を吊って出勤する。
電話だけで休めると言えば休めるのだけれど、さすがにそれは気が引けるし、
いない間の指示もしておかなきゃだ。

吊っていれば大丈夫と言っても、歩く振動はそれなりに響くし、
何よりもふとした動きのときに
「パキ、パキ」
って骨がずれるのが気持ち悪い。

何とか仕事に形を付け、1週間休むと報告して夕方早めに帰る。
たかが骨折だけれど、しんどいねぇ。


8月2日
この日の昼過ぎから入院。
なぜかこの日から
「手術してプレートさえ入れれば、次の日から普通の行動ができる。入院する理由は感染予防のため」
などと、とんでもない勘違いが始まる。
なんでかね?


入院した途端に手術に向けて絶食となる。
これは手術終了後、約24時間経過するまで続くらしい。
まぁ1日半くらい大丈夫だろうと、タカをくくる。
流石に深夜には少し空腹を覚えたけれど、何とか乗り切れるだろう。



8月3日
10時から手術予定。
9時45分。
車いすに乗り、お嫁様に見送られて手術室へ。
手術台に乗り、左手首にあらかじめ刺してある点滴ラインから麻酔を入れる。
全身麻酔なんだって。
骨には麻酔が効かないから、全身麻酔なのかな?


「少ししびれる感じがしますよ」
と看護師さんの言葉。
「どのくらい麻酔に抵抗できるかチャレンジだ」
と思った瞬間に落ちた。



ふと、目が覚めると手術は終わっていた。
大体昼くらい。


お嫁様が
「冷蔵庫が来るから帰るね。ねじいっぱい入っているよ」
と手術後、ドクターから受けた説明の代わりに、その時見たレントゲンの状況を話して帰って行った。
この日は、買った冷蔵庫が届く日だったのだ。
まぁどうせ寝ているばかりだから、病室にいてもヒマだろうしね。



日が落ちるまで、
意識ははっきりしなかった。


意識が鮮明になるにつれ

「痛い!右肩が痛いよっ!!」



ここで
「手術してプレートさえ入れれば、次の日から普通の行動ができる」
という幻想がぶち破れた。


右肩の痛み+寝すぎで腰も痛い!



ゴルゴ13は痛みを無視する訓練をしているらしい。
ここで
「ゴルゴを見習うべきだ」
という考えに至り、頑張って痛みを無視し始める。



が、さすがに素人。
そんなことができるわけがない。
4時間くらい頑張ったけれど、我慢しきれなくなりナースコールを押す。
麻酔が抜けきっていないため、点滴で痛み止めは入れられずに座薬となった。



お尻に指を入れられたショックがなくなる頃、痛みも半分くらい引いて行った。




昼間寝ていたせいで、まったく寝付けない。
ここから、入院のホントのつらさが始まるのよ。




まだ鎖骨が痛むから、次回へ続く。

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ZX曰く「僕は警告したのだよ」

2013年08月24日 | けんたの部屋

回想




7月31日(水) 晴れ

今日は久々の筑波サーキットの走行だ。
約2か月ぶりくらいかなぁ。



ここ最近仕事が忙しく、ZXに乗れるのもほんの30~60分くらいで、
しかも2週間に1回程度だ。



いつもよりも少し時間がかかって筑波へ到着。
ピットはほぼ埋まっているけれど、何とか空きを見つけて潜り込む。



いつものようにミラーを外したり、タイム計測器を付けたりと準備する。
準備運動をしたり、水分を摂って、さあ走行時間だ。




が、



セルを押しても、ZXはうんともすんとも言わない。
なんで??
昨日の夜積み込むときは、普通にセルは回ったのに。


いくら試しても、セルは回らない。
インジケーターは付いているからバッテリーではない。
ヒューズも飛んではいない。


もう走行が始まり、焦ってセルボタンを押すけれど、相も変わらず無反応。
原因が解らなくて気持ち悪いけれど、押し掛けでエンジンに火を入れる。
焦りながらも、暖機はしっかり行い、コースへ出る。


今回の練習テーマは
1.コーナーの奥までブレキングする。
 (要はより高い速度で侵入し、アクセル開けるところまで減速区間として使う)
2.フォームの変更。
 (より体をIN側へ落とす)
この2つを練習するのだ。



タイヤを暖め、ブレーキングの練習だ。
元々コーナー途中までのブレーキングはある程度できていたのだけれど、
ラジアルポンプを入れるまでは、ブレーキリリースでフロントフォークが
「ヒョコ」っと揺り戻ってラインが外へ逃げたりして、あまり上手くいったためしがなかった。

でも今日は割とうまくいってる。
コントロールしやすいよ。
まぁそのためのラジアルポンプなのだけれど。

でもタイムがいつも通りなのは、速度をコントロールしきれていない証拠かな。
どうしても車体をコーナー内側へ付けることができない。
ライン取りをもっと考えなければ。


もう一つの練習テーマのフォームの変更は、
最終コーナーがやり易いのでそこから始め、慣れてきたらほかのコーナーにも適用することにした。
その結果がこれ
     ↓


ニースライダーのさらに外側の上を使っちゃって、つなぎに穴が開きかけてる。

フォームの変更は、タイム短縮にはつながらなかったうえに、
つなぎに穴をあけかけた。
でも、なんか走りやすいので、思いっきり体を落としたフォームはしばらく続けよう。


タイムに変化はなく、いつも通りに1回目は終了。
タイムに変化はないついでに、油断をするとギア抜けるするのも変わらなかった。
高いオイル入れたから、治ると思っていたのに…。
ちょっちショック。




ピットに戻ってからしばらく休み、
「もしかしたら、走行後に治っているかも」
の淡い期待もむなしく、やっぱりセルは回らない。
セルに通電しない原因を探す。


ホーンもなるし、ウインカーも点滅する。
暫く考える。(@_@;)


もしかして接点不良?



しつこくしつこくセルボタンを押したり離したりを続けた結果、
やっと通電したよ!ヽ(^o^)丿



胸をなでおろし、2回目の走行。


タイヤが温まってムキになり始めた頃。
インフィールドで僕が速く、第2ヘアピンから第1コーナーまでに離されるといった車両2台に引っかかる。

冷静であれば、いったんピットロードに入り、距離を開けてから練習を再開するのに、
なんか調子に乗って
「絶対抜いてやる!!」
ってなってる自分がいた。


3~4周程度後ろに付き、
1台目は第1ヘアピンの侵入で、
2台目は思い切ってダンロップコーナーのアウトから被せて抜く。


この頃には、侵入でのハードブレーキング中に強引に倒しこむようになっていた。
筑波はグリップが良いから、かなり過信していた。


ダンロップコーナーから第2ヘアピンの侵入。
ここでもハードブレーキを掛けならが倒しこむ。


とたん、
「ガリガリ」
という音とともに右側頭部に衝撃。
でんぐり返しをしながら
鎖骨が折れたことを確信する。

もう一回転。
グラベルに滑っていくZXが見える。

「ああ、カウル割れたかなぁ。フォークは曲がった?」
廃車の文字が頭をかすめる。

まだ体の回転は止まらない。
あと2~3回転しながら路面に仰向けになる。

マーシャルが
「あぶないから起きてこっちに来て!」
と叫んでいるけれど、
結構頭を打ったんだよ。
鎖骨も折れたし。
不思議と寝転んでいるのが心地良かった。


少し落ち着き、何とか起き上がる。
寝転んでいるときは感じなかったけれど、
起きたら右鎖骨がかなり痛い。
正直、退避したところから動きたくなかった。


救急車が来て、自力で乗る。
医務室に行ったけれど、ここでは手に負えないとのことで、近くの病院へ。


レントゲンでは単純骨折に見えるけれど、
ドクターはそこには言及せず、
「これは手術だね」
と言った。
「え?!切らなきゃだめですか?」
「ここじゃできないから、地元の病院へ紹介状を書くけれど、たぶん手術するだろうね」

やっちゃったね。
お嫁様に何を言われるだろう。


レントゲン写真と紹介状を持ってサーキットへ戻ると、
ZXはトランポに積んであった。
サーキットの人が積んでくれたんだね。
ありがたい。
幸いZXには大きなダメージはなさそう。
少し安心。




さて、右肩はひどく傷むけれど、帰らなきゃ受診できないので頑張って運転する。
こういう時のためにトラックをレンタルして通っていたけれど、
ホントにこうなるとは。(/_;)


ただ交差点を曲がるだけでもかなり傷む。
左手だけで運転しても、ハンドル操作で体が動くとひびく。

渋滞の首都高を抜け家に着くと、連絡をしていたお嫁様が丁度帰ってきた。

お嫁様は、
「自分がZXをトランポから降ろさなきゃ!」
ってドキドキしながら帰ってきたみたいだけれど、
そんなの無理なことは分かっていたから、
帰る途中で近くのバイク屋さんで降ろして、ついでに預かってもらってきた。



地元の大きな病院へ行き、診察してもらうと、
「粉砕骨折だね。明後日手術しましょう」
「え?!(切るのはしゃーなしとして)単純骨折ではないのですか?」
レントゲンを僕に見せながら、
「こことここが折れているでしょう。一か所じゃない。プレートで繋げないと治らないよ。入院は1週間くらいかな」


ある程度覚悟はしていたけれど、
何とか固定して治りませんかねぇ。



長くなったので、闘病編へ続く。

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