暇つぶし日記
思いつくままに記してみよう
 



 

日中最低気温はまだ0℃より下がっていないけれど最高気温が5℃ぐらいの鉛色の空の下、家の中にいてもその寒さが感じられる宵には家人もスープで温まろうという気持ちだったのだろうか、そういうものが食卓に上った。 昼過ぎに昨晩の残り物、ハシェーが入った鋳物の厚鍋の上に夕食用と書かれた紙が貼られていた。 家人と二人しかいない家の中でこういうメッセージがあるというのはこれは自分向けのものでしかない。 つまり、喰ってしまうな、晩飯用だ、ということだ。 

昨日は白米でハシェーだった。 小麦粉を絡めた牛のシチュー肉をバターとオリーブ油で炒め、なべ底にこげ茶色の物がこびりついてくると充分な玉ねぎのみじん切りを加え炒めた後、安物赤ワイン、肉のブイヨン、丁子、ナツメグ、庭から千切ってきたローズマリー、セージにタイムなどを放り込みコトコトと弱火で2時間ほど煮れば基本は出来上がり、そこにニンジンやジャガイモ、トマトペーストを適量加え20分ほど煮て塩・コショウ・醤油で味を整えれば出来上がりだった。

昨晩の残り物の入った厚鍋には柔らかく煮込まれた肉と、グレービーとまでは行かない汁がかなり残っていてこれを今日のスープの基にしたようだ。 スープ鍋に刻んだベーコンを放り込み炒めて牛肉のブイヨンを溶いた液を注ぎサフラン、粉パプリカを振りかけ、その中に小さな玉葱、それよりも小さな新鮮な大蒜、ニンジン、赤パプリカに昨日の残り物を加え15分ほど火を通してポートワインを垂らし塩胡椒で味を整えれば出来上がりということだった。

冷蔵庫にあった普通は魚料理に使うディルを刻んだものを振りかけるとその香りがアクセントになる。 オーブンでカリカリに焼いた熱い黒パンにバターを塗って添えると腹に応えて温かくなる冬のスープの夕食となる。 これならどんな安ワインでも合う。

 

このスープ皿は家人の母方の農家からどういう訳か我が家に廻ってきてもう25年以上にもなる。 パン用、前菜用、本菜用、スープ用のセットで各々5枚づつ、それにスープ皿以上に大きな同じデザインで、4つの花弁で四角になったサラダボウル様の器がある。 昔のオランダ酪農農家で娘12人息子1人に両親、祖父母、住み込みの農夫2人ほどの大家族だったから今我が家の5枚セットというのは大家族にあった数の3分の1か4分の1だろう。 高貴な青と周りが金だから食器洗い機には入れられない。 もうそろそろ100年になる食器はスープを貯めるために陥没した縁の上に引かれた線、外縁のあちこちが少しづつ剥げているけれど昔の「晴れ」の舞台、そんな晩餐に使われたものだ。 当然、日常はさまざま大小の皿、ナイフにフォーク、スプーンがてんでバラバラに各自の前に並ぶのだが1年に何回かしか使われないディナーのセットであるのだから同じデザインのコーヒーカップのセット、紅茶茶碗のセット、グレービー入れなどがあったに違いなく、そうなるとかなりな量になるのだからそこでの大家族の営為の凄さというものが感じられる。 今それぞれに家にいくつそんなセットがあるのか。 我が家には皿とサラダ皿しかないけれどコーヒー、紅茶にデザート皿、ひょっとして牛乳入れに1輪挿しまであったのだったらそれらはどこに散逸してしまったのだろうか。 何年も前に家人の母方だけで我々の年代の従姉妹会というのをやった。 5,60人ほど来たのではないか。 実際はそれよりも多いのだが何れにしてもそれらの親たちはこれを使い形見分けや何やかやでそれぞれの家族にセットの部分がまだあるかもしれない。 古いものだし、それに底に特別の銘もないから捨ててしまっているものもあるかもしれない。 何れにせよその会ではこんな皿の話など全く出ずそれぞれ飲み食いするのに忙しいし話にしても互いの消息、暮らしぶりにそれぞれのオジ、オバ、父母の話しでこんな皿どころではなかった。 けれど我々の親、それぞれの親たちがこのセットを使っていたというのは紛れもない事実であって一年に何回かの晩餐のこんな寒い夜にこんなスープが供されていたというのを想うのはあながち外れでもなかったように思う。

 



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