2017年 4月 27日 (木)
今日はオランダ国王ヴィレム・アレクザンダーの50歳の誕生日だった。 だった、というのは自分にはベアトリクス女王の時代が長くその「女王の日(4月30日)」の印象が強く27日というのがまだはっきりと頭に入っていないからだ。 自分がオランダに来たのは1980年の4月でその月にベアトリクスが彼女の母親ユリアナから王位を受け継いでアムステルダムでは王政に反対するデモの争乱があったことも覚えている。 そして彼女が息子のヴィレム・アレクザンダーに王位を譲ったのが2013年の女王の日で4年前になる。 皇太子のヴィレム・アレクザンダーには娘が3人いて娘たちも大きくなって手もかからなくなり皇太子46歳、女王も75歳となり、その時が丁度継承の潮時とみたのだろうというのが大方の観測だった。
昨晩テレビで1時間半ほど国王のインタビューがありそれを観た。 母親のベアトリクス女王のときのインタビューに比べると国民の王として親しみが持てるようにリラックスしたものだったがインタビュアーがせっかちな男であるからその受け答えに何か受け身の印象を与えもし、同じ男がインタビュアーなら、多分ベアトリクスはこの男を選ばず、もしこの男であったとしても威厳をもって男の態度を少し慎しませるようなこともしたのではないかとも思え、母と息子のその違いがまだ息子には貫禄が出ていないような印象をもった。 けれど今のヨーロッパでEUが綻びかけ自国中心、移民排除の風潮の中で王政支持率が去年が65%だったものが今年は70%まで上がっているのは1980年の争乱時の模様が嘘のようで、この高支持率は必ずしも全てがオランダ王室に向いたものとも言えないものだ。
それに国王結婚当時からヴィレム・アレクザンダーより妻のマキシマの方が圧倒的に人気の高いことは周知の事実で今もそれが続いているのはこのインタビューでも話の種とされ、やり手の妻に差配される国王というような戯画も屡々見られるようである。 それで今日の「王の日」だ。
「女王の日」と同様のプログラムで王家の人々はティルブルグの町を訪問したらしい。 どこの町でもそれぞれ町の中心、それぞれの地区、通りで子供中心のガラクタ市やコンサートが開かれ一日のんびりと皆見物し、寛ぎ、大人たちはビールで気持ちよくなり子供たちは駆け回り誰かが要らなくなったおもちゃや衣類、道具、ゲーム類を数百円単位で売買、交換するマーケット中心が一般だ。 外気10℃、朝には雨が降りその後陽がでるものの弱弱しく肌寒かった。
午後になり陽射しがあったので散歩もかねて近所のそんな市を覗き町の中心に出かけ戻って来るつもりで家人と二人雨具を入れたデイパックを背に家を出た。 桜は殆ど散ったものの他の草花や立ち木に様々な花が咲きしっかりと緑の若葉も生えそろい繁り始めているのが明らかだ。 いつもは静かな屋敷町の大きな交差点がいつもこんなイベントの広場となり舞台も設えられており近所の中学生がDJをしているのが聞こえる。 もう20年ほど前の学生で付き合っていた彼女と結婚して3人の娘をもうけその娘たちがもう小学校に上がる年頃で地面におもちゃや本を並べて売っているのに出くわした。 ちょっと立ち話をしていると二人とも昔の性格、印象が蘇ってきてそれが変わらないのに苦笑気味になる。
濠端を通り町の中心に近づくと俄然人が溢れ大して見るものがないのに皆ブラブラと子供は手にアイスクリーム大人は手にプラスチックのコップに入ったビールかアルコール度30%のオレンジ色のリキュールを持っている。 市役所の広場を始めあちこちに地元のカフェーが設置した舞台が設えてありオランダの演歌やロックなどのライブの音が競合している。 我々は人ごみに少々疲れ、カフェーに入りコーヒーとケーキで休憩し、また別のルートで大体同じところに戻ってきた。 近所の交差点の広場の舞台では7人編成のブルースバンドがR&Bを演っていてアルトとバリトンサックスを吹いているのはフィットネスのグループ・メンバーの一人だった。 7人の平均年齢は60歳ぐらいだろう。 暫くそこにいて家に戻った。 5.5km歩いたことになる。