暇つぶし日記

思いつくままに記してみよう

抗癌剤点滴の前に国立古代博物館に行った

2017年04月14日 12時48分36秒 | 日常

 

2017年 4月 13日 (木)

午前中に大学病院で午後からの点滴に必要な検査の為血液検査の血をとり、その後10時半から癌専門医と面接で前日アムステルダム癌研AVLでの話し合いで6月に手術が行えること、それまでの日程と変更になる可能性があればそれはどういう点なのかということなどを説明され喜んだのだが、その報告がこのライデン大学病院の医師に届いていてそれを基に話し合いが進んだのだった。 40分ほど面接をして多分これで手術前には最後になるだろうと思われる抗癌剤治療の第1日目の点滴まで3時間以上あるので付き添いの娘と歩いて町に出ることにした。 ライデン国立民族学博物館、フォン・シーボルトハウスでは日本関係の文物の展覧会がよくあるのでそれでも見ようと思ったからだ。 民俗学博物館のクール・ジャパンと題された展覧会が翌日がオープンで観られないからフォン・シーボルトハウスに行ったのだが神社にかかった絵馬ばかりの展示会なのであまり興味ももてずその向かい側にあるオランダ国立古代博物館に行くことにした。 29年間大学で働いていて仕事の時はほぼ毎日この前を自転車で走っていて辺りは眼を瞑っていても分かるところなのだがおかしなことにここに入ったことは唯一度、市民大学の何かのパーティーで入口を入ったすぐの広いホールで石造りの神殿を眺めながら飲み食いしただけだ。 中には未だ入ったことが無かった。 ギリシャ、ローマ、エジプト、中東の古代文物が中心で興味の無いことはないのだがいつでも見られる、というような意識が敢えて出かけるということにならなかったのだと思う、実際今日にしても既に二つ日本関係のものをパスしてここに来ているのだから。 時間つぶしなのだ。

中はかなり賑やかだった。 時節柄か小学生たちのグループが多かった。 それに「エジプトの女王たち展」があって中年以上の女性の姿が多かった。自分には特に取り立てて観たいというものはなかったのだが今から3000年前の物が目の前に在る、というのが不思議でもあるし様々な像、書画、器物を眺めていると古代の人が近づいて来るような気分になる。  エジプトの石像の顔貌はすでに見知ったもので特に新しいものではないけれど時代が下がってギリシャや中東との接触からヘレニズムのものがいろいろ出てくると顔貌が変化して俄然おもしろいものが見えてくる。

古墳の石棺、その置かれていた部屋のようすが実際に窺え、その中に入ってみると装飾、歴史、由来がエジプト象形文字でびっしりと上下左右に詰まった空間に圧倒される。 だからその近くに展示されていた象形文字を解読したシャンポリオンの学習ノートがあってそれをみると彼がそんな世界を読み取っていく興奮が見えてくるようだった。 つまりそこに埋葬されている貴人の世界が地下深く永劫に闇の世界で続くという事を示している。 奇妙なことに死後の世界から戻る可能性も含んでそのように処理されているけれど実際的には彼らは生き返ることを信じてはいなかったのではないか。 地下深く闇の世界からどのように現実世界に戻るのか、生まれ変わるのか、誰かに憑依するのか、そのところは自分には辛抱がなく説明の文字を追う気力が今はない。 だから親しみやすい小さな像に惹かれてそういうものにカメラを向ける。

明らかにエジプトだけではないギリシャ、ビザンチン様式の影響を受けたと思われる顔貌の4人がワニを運んでいる。 説明には ワニのレリーフ、紀元4,5世紀、石灰岩とある。 ナイル川氾濫の時のものを写したものと思われ、建造物の装飾の目的で彫られたものらしい、と記されている。

ワニは他にも神の化身でエジプトの帽子を被った人間の顔をして這うワニもあり、また幾つもあるミイラの内、犬、猫、鳥などに加えてワニのミイラもあってそれをCTスキャンした映像も動かして内部までも見られるようになっている。 彼らにとってワニは身近なものであるのだがこういうワニを男たちが運んでどうするつもりだったのだろうか。 東南アジアで喰われているように食用にしていなかったのだろうか。 ガイドがいれば訊くのだが今日は子供たちが辺りを走り回り係り員たちも忙しそうだったしそこまで訊く気力もない。 子供たちが辺りを忙しく手に持ったプリントを頼りに与えられた質問に答えるべく展示番号を探してはあった、なかった、などとゆっくりものを眺めず走っていくのが面白かった。 ミイラのところではCTスキャンの像を上下左右に動かしながら目の前のミイラと見比べ何がどうなのか突然怖いと行って逃げて行く歯の抜けた少女もいた。 彼らの頭の中の死というものと自分の中の近い死というものではどちらかというと自分はこのミイラに近いし子供たちには抽象のせかいでしかない。 ここに在るミイラたちは自分の大先輩なのだ。 死後の世界への土産物をどっさり見てそれらを面白く思うし逆に現代人の死生観を想像すると「あの世」へ持っていく物は思い出はべつとして物では今は圧倒的に少ないように思う。 大富豪でも精々大きな墓石ぐらいを立てて小さなものを棺に入れるとしてもここの物とは比較にはならない。 それは現代の貴人たちは死後の世界を信じないのかたとえあってもそれはどうということはない、と考えているからなのだろうか。 そういう意味では現代人の死後というのは甚だ味気ないもののような気がして、霊園のびっしり並んだ50cmほどの立方体の中に骨壺を入れてそれで永代供養にするのだからそれは高層アパートの縮小版でしかない。 だからそれに嫌気をさす人は空中や海中に灰を撒くということをするのだろう。 それに自分の2、3代あとの子孫が供養してくれるなどほとんどだれも信じていないし現実的に現代の核家族では代が変わると同じ先祖代々の家にもどるなど全く例外的になっていることを知っている。 古代人に比べると現代人には自分の40年ほど先も危いものとみて永劫の未来など考えられないしほぼ存在しないのだろう。

エジプトの王女たち、という展示は自分には興味がなく年寄りたちの後ろを通り抜けて眺めただけだった。 けれど2時間半ほどでエジプトだけを観てギリシャ、ローマ、中東などの膨大ともいえる収蔵物を見ることが出来なかった。 次にここに来ることがあるのかどうか思案しながら建物を出て近くの古いカフェーでオムレツと水で昼食にして病院に戻った。

時間通り2時半に点滴を始めた。 初めての若い看護婦に左腕の前回より上部に針を入れてくれるように頼んだら上手に針を入れ例の通り抗癌剤の副作用止めを始めに注入してから20分ほどで抗癌剤とグリセリンを別々にいくつかの袋から点滴を始め1時間半ほどで終わり最後に洗浄の液を10分ほど注入して手術前最後の点滴を終えた。 義弟に電話をして家まで車で送ってくれるよう頼んだら玄関で待っていたら我々の後ろから段ボールの箱を畳んだものをいくつも抱えて出てきた。 彼の娘婿が病院の資材管理をしているのでそこでもらって来たのだという。 義弟も4階の胃腸検査室で働いている。 ここには近しい親戚の者が4人働いている。 朝の血液採取のときに血を採ってもらったオバサン看護婦から医学生の時注射の実習を受けたと娘が言っていた。 

うちに戻ると毎回の最初に出る副作用がはっきり現れてきた。 金属に限らず木でも触れるものが冷たく手袋をして過ごした。 一週間は続き徐々に弱くなるけれどこれは毎回のことだ。 8時を廻ると視界が狭まるようで酒に酔ったような視界の動き方がした。 これから4,5日鬱陶しい日が続くけれど天気もそのようらしいから家の中でパジャマのままで過ごそうと思う。