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いつでも君のこと好きだったよ

岩尾淳子歌集『岸』

2017-07-29 22:56:44 | 日記

 岩尾さんの作品は、言葉と言葉から喚起されるイメージが美しい。そういう印象を持ってきたのですが、第二歌集『岸』は、職場や家族の歌が所々に置かれてあって、「暮らし」を包んでいる光の分量や温かさの歌に立ち止まりました。

 

 ・手のひらが隙間ばかりで曇り日はまた白墨を落としてしまう

 ・踊り場にとろんと見える須磨の海ここが一番あかるいところ

 ・靴箱のふたを閉ざしてあとにする離島のような校舎の灯り

 ・信号のみどりがきれいに見えている夕べあかるい道を帰ろう 

 一首目はどんよりと曇っている日には心もどこかへいくよう。「隙間」は指の間なのに、「手のひらが隙間ばかり」という捉え方が印象的です。二首目の踊り場は職場である学校の踊り場でしょうか。ささやかな自分のスペース。気持ちを切り替えたり、整えたりする場所なのかもしれません。三首目の「離島のような」という比喩が見慣れているはずの校舎が心情的に遠くなる感じがとてもよく伝わってきます。四首目は「信号のみどり」「きれいに」「あかるい道」とプラスイメージの言葉ばかりなのに寂しい。希求しているものを、その一点だけを無理にみているような気がします。

 

 ・父が締め母が開いてまた締めるしずく止まらぬ栓ひとつあり

 ・花の降る霧のかなたに軍艦のようにくずれるゆうぐれの国

 ・流転するさなかの家族はさみしくて小さい順にお茶碗あらう

 ・テキストをあかるく開いているまひる大型船が岸を離れる 

 水道の栓のことだけれど、「止まらない」ものは栓だけではないと、深く心に残る一首目。軍艦のようにくずれるゆうぐれの国。ちいさい順に洗うお茶碗。毎日の繰り返しのようで少しずつ形をかえてゆくもの。そしてそれはもう抗いようがない。そして、テキストをあかるく開いているその瞬間に、岸を離れる大型船を感受してしまう。この歌集を流れているこの「抗いようのなさ」に、その表現のしかたに、私は強く惹かれるのだと思います。

 

 ・セーターを首から抜けば顔にくるこの温もりはどこへいくのか 

 一番好きな歌。「顔にくる」が巧い。形のない「温もり」が一瞬形を現したかのような、捕らえたと思った瞬間にもうなくなっている非情感。「この温もりはどこへいくのか」という離れていくことを赦すおおらかさに、憧れてしまうのです。

 

 

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