
京都工芸繊維大学美術工芸資料館で「EXHIBITION 尼崎コレクション−洛中洛外図から大阪万博まで−」が開かれています。
3月22日〜6月2日 10:00〜17:00(入場は16:30まで)
日曜祝日は休館(ただし5月3日、4日、27日は開館)
入館料:一般200円、大学生150円、高校生以下無料
尼崎教育委員会が歴史博物館開設を目指して、地元に関連する江戸時代の美術工芸品や、明治時代から現代にいたる博覧会関係資料を収集したものを、今回初めて公開したものです。
尼崎市と京都工芸繊維大学との関係は、大学の前身である京都高等工芸学校の初代図案科教授だった洋画家浅井忠と、同じく関西洋画壇を支えた画家であり、初代尼崎市長でもあった櫻井忠剛(1867-1934)との間に親交があったことです。
また、現在の尼崎市庁舎は、この資料館で継続して設計図面を収集展示している村野藤吾の設計によるもので、長い友好と資料調査等の協力関係からここでの展示が実現しました。
先ず目を引くのは、2004年に尼崎市内で発見された「洛中洛外図」です。
17世紀後半頃の作と推定されますが、秀吉の築いた聚楽第に行幸する後陽成天皇の行列と家康の二条城が同じ場面に描かれているという変わったものです。
保存状態がよくて立派な洛中洛外図でした。
洛中洛外図を見るとつい振り売り、座売りのお茶屋さんを探してしまいますが、どうも見つけられませんでした。>もちやさん、お確かめください。
その他の江戸時代前期の絵画では、
歌川国芳の「大物浦(おおものうら)海底之図」「大物の浦平家の亡霊」、月岡芳年の「月百姿 大物浦上月」「新形三十六怪撰 大物浦戸知盛出現」等の尼崎沖大物浦で源義経が平家の亡霊に苦しめられて遭難したという話からとった作品、
幸若舞の「新曲図扇面」は30枚の扇面に南北朝時代の尼崎を題材にした作品は揃っていてきれい、
尼崎の女流画家、清原雪信の「白衣観音図」「貴妃化粧図」「月下鶉図」「小督局・仲国図」もよかったです。
次の部屋は「大阪画壇と江戸後期の絵画」ということで、橘守国、橘保国、大岡春卜、月岡雪鼎、松川半山、森周峯などでした。
その他に、初期から現在までの博覧会の資料がたくさんたくさんと尼崎市庁舎の設計模型、櫻井忠剛の描いた洋画などもありました。櫻井忠剛という方は尼崎前藩主松平家の子孫だったそうです。
思っていた以上にあれもこれもあっておもしろい展示内容でした。
3月22日〜6月2日 10:00〜17:00(入場は16:30まで)
日曜祝日は休館(ただし5月3日、4日、27日は開館)
入館料:一般200円、大学生150円、高校生以下無料
尼崎教育委員会が歴史博物館開設を目指して、地元に関連する江戸時代の美術工芸品や、明治時代から現代にいたる博覧会関係資料を収集したものを、今回初めて公開したものです。
尼崎市と京都工芸繊維大学との関係は、大学の前身である京都高等工芸学校の初代図案科教授だった洋画家浅井忠と、同じく関西洋画壇を支えた画家であり、初代尼崎市長でもあった櫻井忠剛(1867-1934)との間に親交があったことです。
また、現在の尼崎市庁舎は、この資料館で継続して設計図面を収集展示している村野藤吾の設計によるもので、長い友好と資料調査等の協力関係からここでの展示が実現しました。
先ず目を引くのは、2004年に尼崎市内で発見された「洛中洛外図」です。
17世紀後半頃の作と推定されますが、秀吉の築いた聚楽第に行幸する後陽成天皇の行列と家康の二条城が同じ場面に描かれているという変わったものです。
保存状態がよくて立派な洛中洛外図でした。
洛中洛外図を見るとつい振り売り、座売りのお茶屋さんを探してしまいますが、どうも見つけられませんでした。>もちやさん、お確かめください。
その他の江戸時代前期の絵画では、
歌川国芳の「大物浦(おおものうら)海底之図」「大物の浦平家の亡霊」、月岡芳年の「月百姿 大物浦上月」「新形三十六怪撰 大物浦戸知盛出現」等の尼崎沖大物浦で源義経が平家の亡霊に苦しめられて遭難したという話からとった作品、
幸若舞の「新曲図扇面」は30枚の扇面に南北朝時代の尼崎を題材にした作品は揃っていてきれい、
尼崎の女流画家、清原雪信の「白衣観音図」「貴妃化粧図」「月下鶉図」「小督局・仲国図」もよかったです。
次の部屋は「大阪画壇と江戸後期の絵画」ということで、橘守国、橘保国、大岡春卜、月岡雪鼎、松川半山、森周峯などでした。
その他に、初期から現在までの博覧会の資料がたくさんたくさんと尼崎市庁舎の設計模型、櫻井忠剛の描いた洋画などもありました。櫻井忠剛という方は尼崎前藩主松平家の子孫だったそうです。
思っていた以上にあれもこれもあっておもしろい展示内容でした。












謡曲は「ダイモッ(ッは呑んで発音しない)ノウラ」と言いますが、「オオモノウラ」と言うんですか。
人々に膾炙されている一節は、
「その時義経すこしも騒がず、打ち物抜き持ち、うつつの人に向ふがごとく、言葉をかはし戦い給へば、弁慶押し隔て、打ち物わざにてかなふまじと、数珠さらさらとおしもんで、・・・・・」
すらすらと一節が出てくるなんてさすが美っちゃんさんですね。
同じ題材を扱っても船上の弁慶とか、海底の知盛の亡霊とか、いろいろあっておもしろかったです。海底には鯛やヒラメまでいたりして(笑)。
今回もたまたま前を通りかかって「そうだ、これ見なくっちゃと思ってたんだ」と思い出した次第で。
この洛中洛外図など、忘れていたらもったいないことでした。
「洛中洛外図」は、武衛邸(斯波邸)があり、西院城あり、聚楽第があり、大仏殿あり、二条城あり、時代がごちゃごちゃ(汗)。洛中洛外図の必須アイテムの茶屋もなく(大汗)。
必然的に、私の興味は、月岡雪斉の「宇治蛍狩図」へと。宇治の茶園が描かれていたのです。これはよかったですわ。
裏から入っても迷わないように案内図を整備するように大学に言っておかなくては(笑)。
洛中洛外図は徳川家の時代になっても豊臣家への尊崇があったことを表すものだとか書いてありましたが、先生のオツムを混乱させてしまいましたか、申し訳ございませんでした。
「宇治蛍狩図」も茶摘風景も全く気づいておりませんでした。やはり大先生にお越しいただいてよかったですわ(爆)
茶屋が書いてないものもありますし。
そうではなくて、絵画史料として時代考証には使い辛いなあと思っただけです。
展示の横に地名の読み下し文まで書いてあったので、崩し字の読めない私もこれが「どこどこ」とよく判りましたです、はい。
家光の後水尾の説は成立しないのでしょうか?
どちらにしても、
天皇が乗る鳳輦が描かれていなかったのは不思議です
5月27日に並木先生の特別講座があるから、その場で質問してみられるというのはいかがでしょうか。
こちらからもトラックバックさせていただいたのですが、うまくできてないようで