つぶやき

俺はホモ

次の弁護士用のための記録。

2017-07-12 17:19:24 | 出会い
平成29年7月12日

俺が宇多津町役場の現業の旧日本社会党狂信者の吉田一行の威圧に耐えかねて、辞表出した。その時は、まだこれ以上耐えられないから、頭に入らんかった。俺の辞表の書き直しさされた事も頭に入らんかった。ブログと宇多津町役場の問い合わせに載せていたら、待てよ!今の総務課長は、町民が吉田一行の振る舞いに見かねて、目安箱入れて発覚して、現場まで来て言いに来ている。また臨時職員も吉田一行の威圧、振る舞いに耐えかねて、今の総務課長に言うてある。辞表の最終的決断は、総務課長と聞いている。なぜ俺の辞表をみたとき、吉田一行を呼び出さなかったのか、その上辞表の書き直しさされて、自己退職を認めた。この前の弁護士は、なぜ俺の辞表をみたとき、吉田一行呼び出さなかったのか、裁判官は突いてくると言うていた。まして、過去に最低でも二回知っている。噂ではどんなけ知っていたのか判らないが、町民の目安箱なら、動くが、俺の辞表なら、書き直しの要求。本来ならその理由で辞表は認めない。まず吉田一行を呼び出すはず。

人に言われたのと、弁護士に相談した時、確信した。またブログで載せたとき、総務課長は、人を通して、個人情報どうたらこうたらと、難癖つけて、ブログを削除するようにと、蓋締めの舞を踊った。

弁護士から聞いたのと、人から言われた事で、役場も許さないとなった。

また人から、本来 吉田一行の威圧がなければ、満額退職金だった。後一年半ほど辛抱してたら、中村さんの場合、ええ給料。また自殺で追い込むと決めたほどの精神的苦痛で裁判起こしてくださいと言われた。ほんま、この年で職探しは難しい。給料も安い。雇ってくれるか判らん。また自殺するから退職金貰うまでの繋ぎの仕事さえあればの思いがあった。
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