つぶやき

俺はホモ

今気付いた。当時 服装が原因でなかった事を知った。

2017-08-09 22:35:12 | 出会い
平成29年8月9日

今気付いた。俺が、俺の名前で言われるようになったのは、宇多津町役場に勤めて初めて。これは確かなんや。今まで名前で呼ばれたことない。学校の先生にも、吃りと言われていたし、養護施設の先生は、どもと言うていた。生徒や、養護施設の人は、先生は、ちゃう。それ以外は、ピヨピヨだった。中学卒業してからか、僕と言われるようになった。普通ならカチッと来るが、俺は、普通と思っていた。僕か、吃りと言われていた。香川県に渡り、土建屋の仕事をしていた頃、27才か。地方公務員になったのは、28だから。役場に採用されるまで、僕か、吃りと呼ばれていた。土建屋の社長に年を言うても信用してくれぬ。だから免許証を見せた。それでも疑っていた。とにかく、面接の時苦労したのや。吃りだけで苦労したのではない。大人の証明するにかなり苦労した。土建屋の者は、全く信じない。俺の年を信用せぬ。だから、僕と言われていた。18才で土建屋に先に勤めていた人からも、俺の方が年下と思われていた。だから、僕と言われていた。けど普通に感じていた。今でこそ、それなりの年に見られておる。大阪にいた頃は、25までか。タバコを吸っていたら、補導されていた。格好が女の子の洋服だからなのか判らん。僕は、今授業中でしょ。どこの学校と、必ず言われていた。度々、補導されるから、タバコは止めた。松川に言われたのか。背広を着たらと言われて、渋々背広を当時、三万は高い。背広を着た。それでも、補導されるではないか。格好ではない。若く見られているのやと、その時に知った。
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