ゴールデン・リタイアーズ

S20年生、元企業戦士の一身二生(いちみにしょう)、ハッピーセカンドライフ実現のための徒然実践写真日記

160429 我が家の家守り君健在。1994年の週刊現代、青春の門掲載8冊。二日市温泉藤祭り!

2016年04月29日 | 趣味と交遊

 昨夜、福岡での会議研修の帰りに岡山の息子が帰宅。久しぶりに親子3人での夕食。夫婦ともども元気にやっておりそうでよかった。熊本城や阿蘇神社の復興基金に協力せにゃーねという話題。昔、妻の祖父母が一口熊本城主制度に参加したことがある。

 洗面で顔を洗っているとヤモリが網戸にへばりついていた。いつも春から夏にかけてでてくるようだね。なんだか目元がかわいい。しっかり家を守ってくれよと話しかける。

そして今日29日、図書館に青春の門第八部風雲編連載の22年前の週刊現代を借りにでかける。1994年4月30日号で連載が終わっているという。最後の8冊である。

 1961年春、伊吹信介は西沢洋平、ジョン、立原えりこらとともにハバロフスクに着く。一行はシベリア独立計画が進行中であることを知りスミルノフ将軍から協力を要請される。この計画には死んだはずの西沢の友人伊庭ケイスケも関与していた。将軍の要請を断った信介たちは帰国を妨害されたが伊庭の協力で難を逃れる。信介は西沢たちと別れ単独行動を決断する。さあ風雲編、これからどうなりどんな形で連載が終わるのか楽しみではある。

 図書館横の駐車場に車をおいて、二日市温泉街から藤祭りの行われている天拝公園に向かう。御前湯の前でバザーが行われていた。しかし震災のせいか、こころなし人通りが少ない

おんせんあーと展のうちの生け花部会が大丸別荘でやっていた。温泉アートプロジェクトのIさん、がんばっているようだね。

久しぶりに大丸別荘の黒塀を撮る。

 

歩いて10数分、地下道を通って天拝公園へ。水上ステージでつくし太鼓の演奏。太鼓の音はひとの心を鼓舞するね。しかしここでも人出はいつもより少ないね

武蔵寺の藤供養の会場へ。ここでも太鼓の奉納が行われていた。本殿での太鼓演奏は初めて見た。

藤は盛りを過ぎた感じ。

どこの集団か定かでなかったが元気に纏を上げ下げしていた

 福博でも5月にはいるとどんたく港まつりが開催される。毎年200万人くらい人出がある。地震で落ち込んでいるだけでもいけないがなんといっても被災者の現実は厳しすぎる。近隣から元気の波動を熊本大分に送らねならないがバカ騒ぎだけは控えたい気分はどうしようもない。

 

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160428 麦秋や行きつ止まりつ下校道。熊本地震、災害認定はじまり復旧のスタート!しかし余震はやまない

2016年04月28日 | アフターセブンティ

 わが家はラッキーであったと言わざるを得ない。長男は就職試験で東京に行った1週間後に地下鉄サリン事件、私が現役時代、神戸ポートアイランドで仕事をした1週間後に神戸淡路大震災、妻がつい先日、阿蘇大橋や阿蘇神社をおとずれた1週間後にH28熊本地震が勃発した。人間の運というのは人さまざまだが、甘受するしかない。私も大災害は逃れたがこざこざの小不運はいやというほどあった。人生とは好、不運プラマイゼロだという。

 とはいうものの今回被災された方々への支援は官民ともにそれぞれの立場でなしうる全力でせねばならない。やっと保障の前提となる災害認定が役所で始まったようだ。まだ住居の危険度判定がすべてにいきわたっていないようだが早急にすすめてほしいものだ。所用でそとにでた帰り、道路わきの麦畑の先を小学生のグループの姿。麦畑のなかの通学路を歩いての下校途中のようだ。

新1年生かわからぬがおおきな赤いランドセルをせおった生徒と上級生らしき子らが行きつ戻りつ下校している。車を脇道に止めて数ショット。麦はまだ青いが夏の季語の麦秋(ばくしゅう)に思いをはせてシャッターをおす。こんな日常が熊本の子供たちにも一日もはやく戻ってもらいたいものだ

      麦秋や いきつとまりつ 下校道

人生は運、不運半々、トータルプラマイゼロという、このことを心して生きてゆきたいものだ。動植物界は次への命を確実に伝承してゆく。すごいことだ。

無数のたんぽぽの種が風にふかれて次なる生き場に飛んでゆく。着実、確実に今を一歩一歩すすんで生きてゆくしかない。

 

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160426 超清潔超消臭日本人にサバイバル能力ありや? 武蔵寺ふじ満開絢爛!!

2016年04月26日 | 辛口ひとりごと

 外人が感嘆する日本のウオッシュレット。最近は道の駅にも装備されている。トートーはすごいものを開発したものだ。最初は苦労しただろうがね。今、汲み取り式の便所ってどのくらいあるのだろうか。60年ほど前、小学校からの帰り、夏、便意を催し走って帰り長屋の自宅の便所にはしりこみ、汗だくで臭い思いをしたなつかしい記憶がある。今どきの孫などみていると毎日風呂に入り、きれいにしている。TVの宣伝など女のみならず男も清潔、消臭関連商品であふれている。オジンの加齢臭気など一番のきらわれもの。しかしそんな清潔無臭人間がひとたび震災に遭遇したら耐えられないのではないだろうか。

(ペンタックスK3、レンズ18-200タムロン)

 熊本出身の日経新聞記者がTVで報道しない熊本地震の被災現場ということで投稿していた。住まいのマンション、高齢の母親は無事だったが室内はめちゃくちゃ。水もガスも電気も止まってい入る。近くの小学校で給水車。ひとり6Lと決まっている。これとて年寄りには持ち帰りが大変。トイレの排水は通常5Lくらいいるとか。小便は流さず、大と一緒に流すらしい。女房いわく、使った紙は別途処理、一緒に流してはいけない。これ常識らしい。でもその記者氏、風呂にも入らないし体も臭いしトイレから悪臭が漂う。まったくひどい環境だったとか。まあそうだろうね。

高齢化がすすみ介護老人がふえる昨今、このトイレ問題は最重要課題だ。ベッドに寝たままトイレが処理できる介護ベッドって開発されないんのかね。あるいは無臭の便をする方法とかね。

昨日、今日と熊本の余震はあまり報道されなくなってオリンピックエンブレム決定で騒いでいるが気象庁は相変わらず油断するなと警報を出しているようだがこれが一番こたえるね

29日に藤祭りがある。九州最古の寺、二日市温泉、武蔵寺の樹齢1300年と言われる藤を散髪ついでにみてきた。満開でみごとな藤の花だった。当日は藤供養会がおこなわれる。熊本地震被災者の方々の早期復旧復興も祈願されるのだろう。被災者にとってこれからが苦労の本番だ・・・

(ペンタックスK3、魚眼レンズ)

 

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160424 1週間延期された太宰府門前真舞祭実施、熊本を元気づけるということだが・・・

2016年04月24日 | アフターセブンティ

 17日に実施予定だった太宰府よさこい祭りが熊本震災勃発で1週間延期され24日の今日実施され九州、山口のよさこいチーム、踊り子800名が参加して行われた。スーパーに買い物に出かけたが3斤の食パンなどない。よくでる5枚切、6枚切でヤマザキパンも対応しているのだろう。帰り太宰府に立ち寄る。500円パーキングに車をおいて参道へ。先週はほとんど観光客がいなかったらしいが今日は太宰府門前真舞祭ということで人出が多い。参道では最後のチームが演技をしていた

若い踊り子が元気いっぱい踊っている。本殿にいくと災害支援募金をしていた

境内はつつじや緑がきれい。こんな美しさが熊本では破壊されたのだろう

遊園地前では16時まで演武が行われる。第12回目の太宰府よさこい祭り、九州、山口からよさこいチームが参加し役800名が踊るらしい。

この日のために猛練習してきたのだろう。熊本の方々を元気づけるため頑張りますとリーダーが挨拶して元気いっぱい踊りを披露。まあ被災者からみれば頑張ってくださいと言われたって一向におさまらない余震の中でどう頑張れと言うのと言いたくなるかもしれないね。震度7に2回襲われた益城町は全戸数の半分近い5400戸が全壊、半壊した。帰る家をなくすことの絶望感は計り知れない。

なんとはなしにむなしくなってきて約1時間余りで引き上げる。演技を終わった踊り子たちが募金箱をぶらさげて義援金協力をよびかけていた。今日は現地の余震や救助活動はどうなったであろか。帰路に就く。

 

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160423 活断層の長期評価で危険視されていた布田川、日奈久断層。あらためてハザードマップチェック

2016年04月23日 | アフターセブンティ

14日21時過ぎの熊本県益城町の震度7の地震発生から8日すぎた今、いまだに余震が収まらず被害の全容さえ把握できていない。熊本県を中心とした地震の総回数は23日午前零時現在815回に達しており、そのうち震度4以上の地震は93回にもなる。震源地周辺のかたがたの不安感はいかばかりか想像にかたくない。

16日の本震ではマグニチュード7.3を記録したがマグニチュードは震源の地震の規模をあらわし一つの地震で一つの数値だが震度は震源からの距離とか地盤の固さにより異なってくる。

 震度4というのは歩行者のほとんどが揺れを感じ,つりさげものが大きくゆれる。震度5弱になると大半の人が恐怖をおぼえ、ものにつかまりたいと感じる。震度5強になると物につかまらないと歩くことがむつかしく、食器や本がおちブロック塀がくずれはじめる。震度6弱になると、立っていることが困難になり、固定していない家具の大半が移動し、倒れ耐震性の低い木造建築は傾いたり倒れる。震度6強になると、はってしか移動できず家具のほとんどが倒れ大きな地割れが生じる。震度7になると耐震性のひくい木造建物は傾き倒壊する。

 福岡市の防災センターでM7、震度6弱の福岡県西方沖地震(H17年3月)の揺れを模擬体験したがまさに横揺れがぐらぐらっときてテーブルごと横滑りになってしまうようなすごさであった。風速30Mも体験したがこれも何かにしがみついていないと立っておれないすごさであった。いずれにしても現場で体感された人たちは生きた心地がしなかったろう。こんな恐怖をおぼえる震度5弱以上の地震が17回もあったのだから熊本城も阿蘇大橋も宇土市役所も市民病院もひどい被害にあってしまった。

 九州の活断層(過去に活動した跡が残る地層)は網の目のようにひろがっており、まさに地震列島に住んでいることを自覚しなければならない。2013年に政府の地震調査研究推進本部が「活断層の長期評価」というのを公表しており、30年以内にM6.8以上の大地震がおきる確率は九州北部で7~13%、中部で18~27%、南部で7~18%と予測、九州全体では30~42%となっており、今回の布田川断層帯と隣接する日奈久断層帯が同時に活動すればM7.8~8.2程度に達すると評価しているから驚きである。川内原発近くにも断層帯がちかくにあり能面のように大臣や原発規制委員会の責任者が大丈夫などと言っている姿をみるとうすら寒い気がしてくる。要するに国民一人一人が心の備えを強くしないと他人事ではないのである。

 あらためて市から出されているハザードマップを開いてみる。福岡県西方沖地震があった警固断層帯北西部(玄界灘、志賀島周辺25KM)と博多湾から福岡市中央区、南区、春日市、大野城市、太宰府市、筑紫野市に至る警固断層帯(南東部)27KMがあり、とくにエネルギーが集積している南東部が危険で今後30年でM7.2程度の大地震が0.3~6%の確率で発生するとしている。これを確率が低いとみるか明日おこるかもしれないとみるかは、人それぞれの価値観にゆだねるしかないが、すくなくとも自分の家が耐震強度大丈夫かとか家具補強などしておくべきだろう。昭和56年以前の建物は震度7でほぼ100%倒壊する。昭和56年以降の建物で55%倒壊と予測されている。

 我が家は平成8年、SXLの施工。20年前の資料を引っ張り出して確認。従来の柱や梁でささえるという工法でなく、1~2階通しの木質パネル一体構法、いわばパネルを箱のように組み立てるので地震の揺れを面でうけとめ衝撃をすみやかに基礎から地面に逃がす、構造部材の接合部の金物も独自開発の強固なはずれないものとある。震度7の耐震試験にパスしており阪神淡路大震災でも倒壊しなかったとある。とりあえずはこれを信用するしかないが地盤によっても違うだろう。

 家内の友人の自宅も損害ひどく「応急危険度判定」をしてもらう必要があるが、まってもおられず佐世保の親せきの家に避難して、孫の幼稚園の一時編入処置をしたとか。しばし大人も子供も忍の一字でがんばるしかないといっておられるらしい。被災者の方々がもとの生活に戻れるのには長い期間がかかるかもしれないが、われわれもできうる限りの支援をしたいものだ

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160419 熊本地震、車中泊避難初の犠牲。キャンピングカーの災害対策需要。日本一周軽キャン車旅を想起!

2016年04月19日 | 趣味と交遊

 熊本地震、八代まで震源が広がっている。車中泊避難しておられる女性がエコノミークラス症候群でなくなった。家族が車で寝る。手足を伸ばせない。水もない。心労も重なりこのような悲惨な事態につながる。気の毒なことだ。車中泊もリクライニングだけでは疲れが取れない。今、キャンピングカーの需要が拡大している一つの要因が緊急避難用というのがあるらしい。私の軽キャンピングカーも完全に平らなベッド仕様で手足をのばせストレッチ体操もできる。10Lくらいの水をつみこみ、サブバッテリーでコーヒくらいはわかせ飲める。もちろんカップ麺もOK。車内の窓にマルチシェイドを装着すればプライバシーを保てる。

しかし、いったいいつまで地震活動が続くのかね。まったく腹立たしい限りだが大自然相手にはいかんともしがたい。半面、大自然は我々をいやしてくれるのに大自然は非情だ。我が家の庭にラベンダーの花が咲いた。北海道富良野を思い出す。

天の神、地の神にひたすら地下の鎮静を願い、祈るのみだ・・・・・

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160418 住宅団地年次総会紛糾、新体制提案否決、団地住民の絆重視か、自治会費の合理性重視か!

2016年04月18日 | 辛口ひとりごと

 熊本地震の余震が500回近くに達した。クモの巣のような活断層が刺激されて群発地震や余震を続発させているとか。地震研究家の話。おりしも団地自治会の総会が開かれ3年ぶりに出席した。重要提案がなされるとか。

 この地に家をたててもう18年になる。住民も高齢化し40代で来た人達も定年を迎えたり年金生活に入ったりしている。子供の数もへり団地住民ニーズも変化。夏祭りが催されても世帯参加率が30%未満。新役員の提案は自治会費が周辺自治会より高く、予算の使い方が住民全体のニーズに合っていない。だから自治会費を6割カットして、そのかわり、できて4年の婦人会や子供会への支援金をカットし、自治会役員の報酬もカット、夏祭りもやらないとう提案。6割カットを前提とした新年度予算を議案として提示、議事にかけたというわけ。新役員は賛成多数で可決と予想していたのだろうがなんと8割が反対で否決されてしまった。かつて民主党が事業仕分けをして紛糾を招いたようなもの。

 年金生活者からみれば安くしてくれるのは賛成なのだが自治会費を何に使うかの合理性やビジョンのあるなしが問われる。おりしも熊本地震などで住宅団地住民の普段からの結束、絆づくりが必要とされるというような心情が支配されている時。女性陣からの反対意見が多かった。単純に参加率から判断するのはおかしいというわけ。新役員は単純に経済合理性から提案したと釈明していたがちょっと手順が間違ったようだね。予算案と重点方針の再度練り直し、1~2か月後の臨時総会をひらくというとで閉会。なり手の少ない役員体制、作業も大変だろうが仕方ないね。革新は面倒だからすべて前年どおりということにならないようひと頑張りしてもらいたいものだ。

 

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160416 他人事に近かった熊本直下型地震の非情な現実、熊本シンボルの崩壊に暗澹たる気分!

2016年04月16日 | アフターセブンティ

 昨夜は眠れなかった。妻のシンプルスマホに緊急地震情報がけたたましく入るたびに起こされる始末でその都度テレビを見たりで結局あまり眠れず一夜があけたがこの余震の多さは一体どういうことかと思うね。14日夜の熊本益城町での震度7、マグニチュード6.5の大地震におどろいたのもつかの間、震度5や6の余震がつぎつぎと発生、熊本城も連日ゆさぶられすっかり城の体をなくしてしまった。

 

 そしてなんと16日午前1時25分、阪神大震災級のマグニチュード7.3の大地震が発生、これが余震ではなく本震だと気象庁の発表。熊本市内から阿蘇、さらには大分湯布院にまで震源地が移動拡大、中北九州は軒並み震度3~6に見舞われた。たびたび訪れたことのある荘厳な阿蘇神社が楼門から本殿まで屋根が崩落している映像に唖然。

よく渡った阿蘇大橋も流され、空港も屋根が落ち運休、九州自動車道も道路陥没や陸橋崩落、新幹線や豊肥本線も回送車とはいえ脱線。電気もガスも水道もインフラはすべてアウト。つい2週間前、絢爛たる桜の元で天国気分を味わっていた熊本城が惨憺たる現状だ。不幸中の幸いというか地震の発生が観光客のわんさといる昼間でなくてよかった。

 

 月1熊本で女子会を楽しんでいる妻の友人。15日、地震で割れた食器などのあとかたづけが大変とメールで交信していたのがなんと市から避難勧告をうけ、家族ともども車で寝る羽目に陥ったという。そして16日の激震でさらに追い打ち、インフラはすべてだめになり給水を受けるのに3時間も並び、庭で簡易ガスコンロで湯をわかしカップヌードルを食べているという。まあ、なんで15日の朝に水を確保しておかなかったのかと評論家的には言えるがまあ当事者になれば思考停止状態になってしまうのかもしれないね

 戦争などでは兵糧の補給路の確保が最重要。これは地震など災害時も同じ。タンクローリーの補給路がたたれガソリンスタンドが閉店、車がつかえなくなる。トラックも動かなくなりコンビニ、スーパーに食品が補充されない。これは神戸淡路や東日本大震災の経験に待つまでもなく自明の理。これがまた繰り返される。安倍内閣がいかにも迅速に震災対応をしているかのように雨が降る前に16日午前中に自衛隊員を2万人動員するとか大見えを切っていたがアメリカにもお願いして一大ヘリコプター救援、輸送部隊を編成する必要があるのではないかね。

 あらためて地震の巣(活断層)のうえで日本人は生活しているのだということを肝に銘じて普段から心とものの準備をしておく必要があるね。気象庁にしっかり地震予測をしてくれと言ってもないものねだり。今回もまさかM6.5のあとにM7.3が発生するなど思ってもみなかったのだろう。しかしながら日本全国に2000ほどあるといわれる活断層でも今回の熊本の日奈久断層や布田川断層帯は地震の可能性のトップクラスだったとか。住まい近辺の活断層把握もしておくべきか

 TVで住宅の1Fの一部屋だけ完全防震構造にしておけば住宅全体の耐震構造になるといっていたがハウスメーカーは1週間分くらいの生活ができるようなシェルタールームつきの住宅などをもっと検討すべきだね。海岸近くの住宅などはライフジャケットやボート一艘などを標準装備とした住宅を提案したらおもしろいのではないか。わたしは福岡の防災センターで1個100円で入手したペンダント代わりの笛を常時ぶら下げている。NHKのアナウンサーが決してあきらめずに救援がくるまで助けを求め続けてくださいと言っていたが、これって被災者に伝わるのかね?

 妻が友人に水を送ってやろうかと言っていたが宅急便が動かないらしい。亡くなられた41名の方々のご冥福をを祈るとともに、被災された方々、大変な日々が続きますが、早期の復旧、復興がなりますようお祈りいたします

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160415 熊本、震度7の大地震、不落の熊本城武者返し崩落の映像に震撼!!地震は体験しない限りひとごと!

2016年04月15日 | アフターセブンティ

 昨夜9時過ぎ熊本益城町を震源とする震度7の大地震が発生、筑紫野も震度3、横揺れが30秒ばかり続く。地震の揺れは気味が悪い。今回は余震が多発。最初、揺れの予感がくる。ぐらぐらっとくるかもしれないという不安感がおおきい。現地の避難している人、救助している人、消火している人、余震には要注意だね。書斎の上の棚には文庫本が50冊、手前にすべりおちのサンをつけてるが震度7になれば皆おちてくるだろうね。寝ている部屋の1M高さのチェストの上のTVやオウディオなど、こんなのも横っ飛びにとんでくるのだろう。日本列島は地震列島、活断層が無数に走っていてどこで地震が起こっても不思議でない。他人事ではないと覚悟して準備がひつようだね。ぐらぐらっとくると人間は一瞬思考停止になり動けなくなる。普段の準備が必要。静かで水、火があり、三度の食事ができトイレにゆっくりすわり、風呂にはいれるありがたさ。

わがやの花々、ありがたきかなである。

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160414 我が家の草ガメ、カメコが冬眠からさめていつものベランダへ。雁きたへかえる頃となった。

2016年04月14日 | 趣味と交遊

桜が散る頃、冬眠していた我が家の草ガメ、カメコちゃんが押し入れの奥でごそごそし始める。土と水のはいったバケツをベランダに移動、土が背中についたカメコが首をだす。まあ5~6か月も何も食べずによく生きていたものだね。

まぶしそうな顔つき。

ごそごそし始めた

桜も散り、そのあと若葉がではじめ、青葉若葉の5月に向かう。24節気では清明、雁北へ帰る頃である。

ウオーキングに出かける。河原に1羽のまがものオス。きれいな色をしている。地味な色のメスは周辺にいない。飛び出しを撮る。

FZ200、シャッター1300分の1、絞り2.8。連写モード。

追っかけるのが大変。

こうみると三角翼のジェット戦闘機と同じだね

コンデジのモニタでの追随は大変。飛んで行ってしまった。初夏にむけ、生きとし生けるものすべてが、積極的に活動し始める。わが身も同じようである。

 

 

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