ゴールデン・リタイアーズ

S20年生、元企業戦士の一身二生(いちみにしょう)、ハッピーセカンドライフ実現のための徒然実践写真日記

結婚39周年ありがとう

2011年02月27日 | アフターセブンティ

 2月26日は39回目の結婚記念日。シャンパンのほのかな酔いごこちでブログをしたためている。岡山の拠点長をしている長男が昨晩から帰っており、月曜日代休をとり夜また戻る。昼、我々の結婚39周年とかわいがっているフェレットの快気祝いと称して筑紫野の寿司めいじんにネットオーダー、天然せきさば、モンコウイカ、生きアワビ、わさびなす、中トロ、生うに、えんがわ、さより、サーモンかるぱっちょ、ビントロ、ネゴトロ、活きアジなど。1人15カンほど。3人前で3300円、やすくておいしい。
 ニュウジーランド地震ではいまだ日本人行方不明者がいて関係者の心痛はいかばかりかと思うが、我が家はお陰で大過なく、39周年を迎えられたこと心底ありがたく思う今である。いつ我が家の誰かになんらかの異変がおこり、この幸せ環境が一変するかは神のみぞ知るだが、だからこそ今この時間を一日一生、一瞬一生のつもりで、笑顔で生きたいものだ。

 この二日間、夜は「ナルニア国物語」の1章2章をテレビでみて、焼酎をやりながら夜更かしをした。3章は筑紫野ワーナーマイカルで3Dで観る予定。お陰で今朝は9時まえに起き、見損なっていたBS1のスポーツ大陸を朝食準備ぬきで再放送を見る。福岡出身のプロボーラー川添将太の世界1を目指すドキュメント。日本選手権の決勝で2ゲーム連続パーフェクトゲームで逆転優勝、若干22歳で三冠王、小学時代からボーリングを始め、世話になった家族に報いるため大学中退、プロへ転身。0.5センチのコントロールと強靭な精神力、われわれのお遊びボーリングとはわけが違う世界を観た。優勝賞金は300万円、決勝パーフェクト賞は1000万円らしいがパーフェクトはそれだけの価値があるということだね。アメリカにはプロは2000人いてしのぎをけづっているらしい。日本ではプロになるには10ゲームアベレージ220点が合格ラインとのこと。

 話はそれたがとにかく39回目の結婚記念日。まっこともっていろいろあったが終わりよければすべてよしということではないか。息を引き取る時に妻にありがとうと言って死ねればベストだろう。
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庭の枕木に防腐剤塗布、年2回のルーチンワーク。

2011年02月26日 | 趣味と交遊

 ガーデニングは妻の趣味。14年前新築時に堀車庫(2台)の上、家屋の1F部分に
造園会社に依頼して設計してもらった。車庫上を防水処理をして、枕木で枠を組み、花壇をつくり周りにモクレン、コブシ、ヤマモモ、ツバキ、サザンカなど樹木を配し、花壇周りを枕木を並べてマイガーデンの枠組みをつくった。爾来、妻が丹精込めて庭づくりをおこない、それなりの庭ができあがった。庭木や花は生き物ゆえ、気持ちをこめて手入れをしないとダメと水やりから害虫対策までいつも思いやりがたりないと妻からお小言を頂戴している。花や木の名前がさっぱり覚えきらない。
 枕木もほっておくと雨風にうたれ朽ちるのがはやくなる。ということで私の担当といして年2回、枕木にクレオソートの防腐剤塗布をする。だいたい2月と10月の2回。春の芽がではじめないうちの晴れた日に庭を整理して防腐剤を塗布する。半日仕事だがきれいに塗りあがると気持ちがよい。

庭は30坪弱の広さだが春夏秋冬、季節の移ろいを感じさせ、目を楽しませてくれる。
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芥川賞受賞、「苦役列車、きことわ」を文芸春秋で読む

2011年02月23日 | 辛口ひとりごと
 
テレビで芥川賞、直木賞の受賞発表がありそれぞれ2人ずつ受賞。そもそも両賞はどう違うのか、芥川賞は純文学で直木賞は大衆文学らしいがいづれも主宰する文芸春秋社員が文学界や新潮ほかの雑誌に掲載された作品から候補作を絞り、該当作家に候補に選ばれました、受領しますかとはがきを送り、返信があった作品のみ候補作となり選考委員により選ばれる仕組みで、芥川賞の場合、正賞は時計、副賞は100万円らしい。賞品はたいしたことはない。
 月刊誌「文芸春秋」は860円で結構ボリューム、中身が濃いのでよく購読する。とくに今回のように芥川賞受賞作2作が全文紹介される号はいつも買うことにしている。2作をハードカバーで買うと3000円を超すからコストパーフォーマンスもよいから。
今回の受賞作家は対照的。「中卒、逮捕歴あり」こそわが財産と称する西村賢太氏44歳の「苦役列車」、かたや文学の名門に生まれた慶応大学大学院生の朝吹真理子さん27歳の「きことわ」。小説の内容も作家のプロフィールも全く違う。
 最近どうも寝不足で、夜なかにまったくトイレに起きない日はそう多くはない、晩酌で焼酎の湯割りをやると食後は眠くなり、読書もあまり進まない。ぐっすり眠れれば昼に読めるがそうでないと読み始めるとすぐに眠気に襲われる。400字づめ原稿150枚ほどの作品を夢中で読めるかどうかが作品のおもしろさと比例する。

 西村氏いわくの私小説とは自らの日雇いフリーター体験をおもしろおかしく読ませるということ。フリーターの星とかいわれ10数万部読まれているらしいが要するに日雇いで稼いだ金を酒とおんなに費やし、3畳一間に住み、家賃をふみたおし、ダメ人間とわかりながらも無為にすごす姿を赤裸々にしているだけ。まさに中卒、逮捕歴、まともな職につけないが財産になっている小説。結局何がいいたいか?。世の中不条理だが生きていくしかないということが言いたいのだろう。

 一方、「きことわ」。貴子8歳、永遠子15歳の別荘での体験、それから25年後のとりこわされる別荘での再会。女としてそれぞれの人生体験をへての再会。なにが言いたいのかよくわからず、読むのに苦役列車より数倍時間がかかった。すぐに眠くなった。村上龍氏(撰者の一人)いわく、失われた時間は取り戻せないがそれはそれで美しいし、現在とつながっているということを言いたいのか。文章表現は多彩だがひきこまれるということなく非常にかったるい印象をうけた。読解力に問題があるのかもしれないが・・・
 確かに400字詰原稿用紙150枚を書くのは大変と思うが私小説なら自己体験をおもしろおかしく書けそうな気もしないではないね。
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110220:第二次大戦、サイパン玉砕秘話、「太平洋の奇跡、フォックスと呼ばれた男」を観る

2011年02月20日 | 辛口ひとりごと

ワーナーマイカルシネマ筑紫野での映画鑑賞趣味が定着しそう。60歳以上はシニア料金で1000円、ポイントカードで5回見ると1回無料。
今回の映画は「太平洋の奇跡・・フォックスと言われた男」2月11日封切りで興行収入、顧客満億度No1の映画。実在の軍人、大場栄(竹之内豊主演)大尉のサイパン島での玉砕ではなく生き残りることをテーマにした日米合作映画。
 マリアナ諸島がアメリカの戦略目標になったのはB29が開発できたためで、給油機地として確保できれば東京空爆が可能となり一挙に制空権をにぎれる。そのターゲットがサイパン占領であり、1944年、2月、日本軍も総力をあげサイパン防衛にあたるが圧倒的な米軍の火力を前に、タッポーチョ山を残して上陸占領されてしまう。日本の戦死者2.5万人、自決5千人、捕虜250人。アメリカ死者3500人、負傷13000人。
この映画は1945年、ポツダム宣言受諾、日本敗戦のあとも、絶対降伏しない信念のもと、大場大尉率いる残された47人の米軍五万人との512日の戦いを描いた実話戦記。
 フォックスと言われ、恐れられ、後、敵ながらあっぱれと本にもなり、この映画の原作となっているが、大場大尉の原点着眼、大局着眼、小局着手の組織統率力が賞賛され描かれている。
 狐の習性は穴倉をほり、食料を保存し、身を守る、大変用心深い反面、大丈夫だと判断したら想像もつかない果敢な行動、攻撃をしかけるらしい。そんな習性から、わずか47人で大軍を翻弄しながら512日を戦い抜き、1945年12月に誇りをもって47名が降伏のため軍歌を高らかに歌いながら下山させた大場大尉をフォックスと例えたのであろう。軍歌「歩兵の本領」を整然と整列行進しながら歌いつつ、下山、降伏式にむかう場面、大尉が軍刀を引き抜き、刀身をみつめ、鞘におさめ、米軍に差しだすシーン、日本語がわかる米軍大尉から二百数十人の命を救いましたね、立派でしたと言われ、「私はそれ以上の人を殺した、何も良いことはしていない」と返答する場面は感動的であった。
 万歳クリフで有名な玉砕サイパン。劇的に戦況を変化させ、B29の東京空襲、広島長崎への原爆投下につながるサイパン島での全滅、そのなかで知られていなかった終戦後、なお4カ月ばかり戦い続けた47名の日本軍人。
 リーダーにとって最重要な資質はことに処して的確な判断をくだせる価値判断能力。
戦闘初戦ではいかにして一人でも多く敵を倒すか、そして3万の大軍が撃滅され、47人が残った。一般人200名余りが収容所にいれられた。残された軍人の選ぶ道は自決か、投稿ビラで東京焼け野原、さらに終戦玉音放送のことを知らされ、われわれはくいなく戦った、誰一人恥じる必要はない、みんな生き抜こう!これが組織を統括するものの原点思考、価値判断力である。
 平和ボケ、欲ボケ、イロボケのにっぽん。いまやサイパンはリゾート地、敗戦までの昭和史で何百万の日本人が死んでいったその歴史をしっかり学びなおすべきであろう。日本はあまりにも歴史教育がおざなりだ。わたしは昭和20年5月大阪の生まれ。よくぞ生き残ったものだ。昭和の歴史とあわせ自分史をつくってみたい。


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書道家、武田双雲「感謝めがね」!

2011年02月17日 | アフターセブンティ

 NHKラジオ深夜便がシニア族に人気がある。パタンキュウとベッドにはいって5分もたたずに眠れる人、どこでも、いつでも、どんな枕でもすぐ眠れる人は幸せであり、すごい特技の保有者ということになる。すぐ眠れないたちの人間である私も目がぱっちりしているとイヤホンでつい深夜便を聞いてしまい2時3時になることがある。アンカーと称するアナウンサーが深夜便のホームページが新しくなり、いつでも聞きたい話が聞けますよといっていた。アクセスしてみると熊本出身の今をときめくイケメン書道家
武田双雲さんのインタビューが聞けるようになっていた。さっそく聞いてみる。

 熊本出身の35歳書道家、書家であった母親から3歳くらいから書道をたたきこまれ、書とは反対方向の東京理科大学に進み、デジタルの筆頭企業NTTに就職、家族にも喜ばれ期待もされる花の東京、大企業でのサラリーマン生活をスタート、インターネットが花開きかけた頃、仕事もたのしかったが、盆休みで帰郷して母親の書に震えがくるくらいの劇的感動を覚える。デジタル企業のまっただなかにいて、デジタル閉鎖社会に一抹の不安を直感していた。これからは融通無碍のアナログ書道が必須になり、時代の脚光を浴びることを直感、26歳で天下の大企業NTTを辞職。天の啓示のごとく何も迷わず退職して熊本に戻る。親戚縁者からなんということをしでかしたといわれるが本人に迷いなし。

 が退職して何から始めるか見当もつかない。自分のできることは書を書くことしかない。ないものねだりをしてもせんなきこと。ストリート書道を始めたという。下通、上通りというメインストリートにござをひいて色紙をおいて、「あなたのお好きな言葉を書かせてください」と書いて客をまつ。最初ゼロ、やっと一人のお客様、ありがたい。真剣に書きあげる。その一途な真剣さに二人三人と書かせてくれるお客さんが増えてゆく。この長いつらかった体験から感謝と一途な思いの大切さを学ぶ。
 とかく若いころは感謝より不満が先に立つ。思うようにならない世間の不条理、見る者聞くものすべて腹がたつことばかり。
 私も経営コンサルタントを35年やって、企業のかかえる問題点解決業としての企業ドクター業務をしてきた。だからいつも問題点はなにか、このまま放置すると会社がつぶれかねない課題はなにかを常に追求していた。もっとも企業のもてる長所、特徴は何かという分析も合わせやってはいたが常に問題意識という眼鏡をかけて物事をみたものだ。現状肯定からは企業の成長はない、常に現状否定で今日より明日よくなろうという基本姿勢でやってきた。確かにこの姿勢は必要なのだが、問題点を解決しようとするより、長所、成功体験をさらに伸ばすほうが、企業の体質改善には近道なのである。

 遅くまで仕事をして深夜帰宅する。妻が先に寝て迎えにもでてこない。これで腹をたてるか、いや妻も育児や家事で大変で、応援もしてやれずいつも遅くなって申し訳ないなと思えるかどうかである。そう思えないとすべてが腹立たしくみえてくるものである。双雲さんの習字教室でも赤で修正するのは簡単だが、まずは良い点、個性を発見してやりこの点はすばらしいとほめてやり、改善点を教えてやるとおおきく伸びるという。書の道は性急に成功をもとめない。道はゆっくり着実にあゆんでゆくもの。白い紙に黒の墨、この2色の世界に人を感動させる書がかけるかどうかは書くひとの人間性である。書は人なりと昔から言われている。常に感謝の気持ち、活かされている自分を意識でき、言葉に表し行動で示せる人間かが書にあらわれるという。不満眼鏡ではなく感謝眼鏡をしっかりかけて生きる。非常に大事なことだと思う。

 シニア世代、子供が巣立ち、二人だけで残された長い人生をともに歩む。最低限のおカネと「感謝眼鏡」をもって、たがいに助け合えば、病気もちかずかないだろうし、良い人生を完結できると思う。
       
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110215:雛飾り用の雛段をDIY

2011年02月15日 | マイ家族

雛人形をかざるための雛段をつくりなおす。今まで5段くらいでべニアや段ボールの組み合わせで適当にやっていたのを妻の要望で7段にして、組立てが容易でしっかりしたものをつくることになった。図面を書いてべニアや筋交い用のさんなどをグッディで調達。4000円くらいかかる。結構高い。7段の階段状の側板2枚と棚板6枚、広めの天盤用の棚板1枚、背面にぐらつきを抑えるための板と筋交いようの部材。寒い中、庭で一気にカット、結構力仕事。妻が大丈夫かなといった疑い深い目で観に来る。手伝いもしないで要求だけはうるさい。まあみときなはれ。2時間ばかりでできあがる。木ねじ8個で組立て解体ができるようにした。それぞれ部材に符合をつけ組立てがしやすいようにした。


我が家には妻が幼少の頃(S26~7年)買ってもらったひな人形に買いたし買い足して写真のような雛飾りになっている。孫娘も今年は4つになり春から幼稚園にいく。
雛飾りはできるだけ早く飾って、女の子の健やかな成長と幸せを願う。3月3日の雛祭りが終わったらすぐかたずける。そうしないと嫁にいきそびるとのならわし。私は男兄弟だったからひな人形には縁がなかったが、こうして飾ってみるとなかなかいいものだ。
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110213:またまた豪風雪、異常だね、しかしシャッターチャンス!

2011年02月13日 | アフターセブンティ

年に1~2回は必ず雪がつもる日があったのがここ数年の我が家近辺の気象状況だったのが今年はもう3~4回はつもっている。自治会の役員で安全衛生担当なものだから、凍結が予測される早朝は塩化カルシウムをまいて雪を溶かせスリップ防止をしなくてはならず大変である。しかし地域のためにお役にたてるのは今まで地縁ゼロのわが身にとってはありがたいことではある。
 寒さに弱い妻はフェレットと一緒暑すぎる部屋でぬくぬくしており、外に出るのはスーパーへの買い物くらい。ついついこちらもお付き合いでなかなか撮影で遠出するのが少なくなる。11日も太宰府天満宮で梅とモデルの撮影会があったのだが朝から小雨でとうとう行かず。小雨決行とあったのだがつい行きそびれた。その代わりと言ってはなんだが我が家にも梅の木が1本ありほぼ満開。雪の中で必死に耐えている梅を撮影。

望遠と三脚を用意して家の中から2~30枚撮る。なかなか雰囲気のある写真をとるのは難しいね。
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「ウオールストリート」金融マンの人間ドラマを観る

2011年02月11日 | 辛口ひとりごと

ニュウヨーク州マンハッタンのニュウヨーク証券取引所のある世界金融の中心地、ウオール街の金融マン、トレーダーの人間ドラマ、「ウオールストリート」を観た。
伝説のトレーダー、ゴードンゲッコーを演ずるマイケルダグラスが23年前、同じく「ウオール街」という映画でオスカー(主演男優賞)を受賞した、その続編映画。
インサイダー取引で8年の刑をうけ、出所するが誰も迎えにこない、そんな場面から映画は始まる。

 ゲッコーの娘の婚約者で優秀な若いトレーダーがでてくるが師とあおぐ勤めている投資会社社長がライバルの偽情報で会社が傾き、地下鉄に投信自殺をしてしまう。一方、ゲッコーは服役中にまとめた金融界の実態本がベストセラーになり、講演などひっぱりだこになる。学生相手に「強欲は善なり、果敢に挑戦せよ、しかしモラルハザードはいただけない」ととく。婚約者のジェイコブは感銘し、ゲッコーにちかづき、恩師を死に追いやった男への復讐の支援をうける。しかし、トレーダーを忌み嫌っている娘のウイニーが自分と同じトレーダーの君を好きになるはずがないといわれる。伝説のトレーダーにとって今、生きがいと残されているのは娘しかないのだがその娘が父親を許そうとしない。

 その父娘の冷却関係がジェイコブの復讐劇を通じて徐々に解かれていくがその時、リーマンショックがおこり、ウオール街はパニックになり、二人の関係も破たんしかかる。その時ゲッコーがスイスに1億ドルの隠し預金がある、娘に譲るので一緒にひきだしに行けという。ジェイコブはウイニーに新エネルギー開発投資にその金を貸してくれと懇願し、スイスにおもむき、預金を解約し、引き出し、新エネルギー開発会社に送金する。ところが開発をしている博士からまだ金が入らないと連絡がある。なんとゲッコーが手をまわし、ロンドンで投資会社をたちあげるのにその金を流用。あんな父親を信じたあなたも同じ穴のむじなよと二人は別れてしまう。その時、ウイニーは妊娠していた。ジェイコブはロンドンにおもむき、胎児の画像CDとひきかえに1億を返せと交渉する。が断られる。「あなたはかわいそうな人だ」の言葉を残し、ジェイコブは去る。
ある日、二人の前にゲッコーがあらわれ、新エネルギー開発会社に1億ドルを送金した。ウイニーの父親でおらせてほしいと二人に懇願し、3人が和解する。子供の誕生パーティで幸せそうな3人の姿で映画は終わる。

 リーマンショックから3年、まだ日本経済はリーマン前のレベルに回復していないがけた違いのウオール街のマネーマーケットの世界には慄然とさせられる。好むと好まざるにかかわらず、金が金をうむ世界は実在している。金融知識は必須のものとして勉強しておく必要があるが「右手にそろばん、左手に論語」は忘れてはならないことだろう。
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難所ケ滝の「氷の芸術」、立春でゆるむ。

2011年02月04日 | 趣味と交遊

1月10日の西日本新聞に写真記事がでていた知る人ぞ知る、福岡県の氷結の名所に行ってきた。1月末も雪が降り、今年の寒さは尋常でなかった。写真同好会のメンバーも31日に行ってきて最高だったと・・。難所ケ滝は宇美町の三郡山登山道にあり(標高724メーター)岩を伝う雪解け水が厳冬期に凍り、約20Mの高さの岩肌につららが重なる氷の芸術が見えるというわけ。この暖かさで岩肌が少しでていたがそれでもすごい景観だった。行くタイミングがずれたのはアイゼンなかったから。

さっそく、ネットで確認、金沢の登山用品店がネット販売をしていた。韓国製の6本詰めのバックル式の装着しやすい軽アイゼン、送料込みで4000円。2日に入金したら3日の16時にヤマトの宅急便で配達されてきた。早いね、クイックレスポンス、大したもの。装着も容易で気に行った。本格的に雪山登山するわけじゃないので10本爪は不要と考えた。
 今朝8時に装備を整え、プリウスで昭和の森公園まで。8時半、数組のパーティのみで駐車場はがらあき。滝周辺の温度がいかほどか不明でやや重装備で出発、途中汗ばみ1枚ぬいで登る。草が谷ダムを右手に見ながら河原谷に向かう。踏み固められた雪道が凍り、滑りはじめる。宝満山への分岐点あたりでアイゼンを装着、滝にむかう。ゆっくり60分との表示。それこそ初めてでもあるしゆっくり登る。やがて岩肌につららが見え始めるがまだ難所カ滝ではない。だんだん急坂になり、慎重に登る。やってきました氷の芸術の展示場。女性陣から歓声があがる。苦労して登ってきてよかった・・・と。

すごさに気をとられて上ばかり見ていると足元がおぼつかないので要注意。滑落してしまう人も少なからずいるらしい。スニーカーでくるような能天気なひともいるらしいが立ち往生するだけ。人に迷惑をかけないよう準備は周到にすべきだね。撮影に入る前に腹ごしらえをして広角、望遠の二本をたずさえ30分ばかり撮影。人が多いので場所どりや撮りたいところに人が邪魔しておったりで簡単にはいかない。久しぶりの登山だったのでやや足元がおぼつかなかったがなんとか撮りおえ下山。滑らないよう注意しながら駐車場まで下山、約90分。はじめてアイゼンをはいて登ったせいか足指が痛い。
でも思い切ってのぼってよかった。下界は立春、春の匂いここかしこにする。


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