ゴールデン・リタイアーズ

S20年生、元企業戦士の一身二生(いちみにしょう)、ハッピーセカンドライフ実現のための徒然実践写真日記

160114 田辺昇一氏の思い出、プロの神髄!!

2016年01月14日 | わが青春の日々

(宮若町清水寺の日の出)

 亡くなられたタナベ経営の創業者、田辺昇一氏はないないずくしの敗戦後、生きることが精いっぱいの時代に形のない知識、情報、判断を売るという誰もやったことのない経営コンサルタントの道を切り開き、上場企業にまで育てあげたプロコンサルタントでありプロ経営者であった。

 私が入社したのは創業17~8年の頃、社員も100人足らずであった。入社3年くらいの新米コンサルタントの時にある中堅食品関連企業を経営診断した。10名ほどのチームを組んで企業を診断しその結果報告会の時のこと。クライアントの役員10名を前に緊迫した雰囲気のなか報告会が始まる。途中、先方女子社員がお茶を出そうとしたとき、今、真剣勝負中です、後にしてください!と氏が喝、こちらもビクッとしてしまう。約2時間、各メンバーからの報告が終わり、師が最後のまとめ。

「こんな女に誰がした、こんな会社に誰がした・・・あなた方経営陣だ!!」と喝。こちらがびっくりしてしまった。魚は頭から腐る、企業をつぶすのはトップである。トップが変われば企業も変わる。当たり前の経営大原則である。入社時、コンサルタント指針という小冊子をもらった。その第一条が経営者を無視し軽蔑せよとあり驚いた。注文をいただいた経営者におもねていたら冷徹な判断ができないということだ。やとわれコンサルにはできない、真剣勝負をしているプロコンサルタントだからできること。新米コンサルタントだった私には衝撃の3時間であった。

報告会が終わって最寄りの駅そばの寿しやにはいり反省会。師が一番うまいものを出してくださいとばんばん注文。テーブルに料理が並び打ち上げ。冷えたビールが五臓六腑にしみる。うまい。師が各人の分析報告に点数をつける。営業部門、Aさん70点、生産部門Bさん65点・・。次なる仕事への決意がムラムラとでてくる。1時間あまりの反省会。板さん、勘定、領収書はいらないよ!驚く。師がポケットマネーで我々をねぎらってくれたのか・・・

(霧か雲海か?)

5年、10年、15年とコンサルタントとしての修業が続く。180センチをこえる上背の師がおおいかぶさるようにこちらの顔にちかづけて話しかけられる。その迫力にいつも圧倒されていた。

 いつぞやクラブに連れていってもらったことがある。アフターファイブ、気分転換が大事だよ。臍から下は人格がない、本能の世界だよ。しかしここで人間としての器もでるよ。一流の店で遊び一流のママさんから学ばないとだめだよ。本来サービスすべきホステス嬢が師の話のおもしろさに聞き入ってしまいホステスの仕事を忘れてしまっている。遊び方の迫力にも圧倒された。

(朝霧におおわれる田園)

一流ではない、超一流をめざせと叱咤激励された。今はなき人かと思うと感慨ひとしお、無常観ひとしおである。

 

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160112 日本の経営コンサルタントの草分け、田辺昇一氏ご逝去

2016年01月12日 | わが青春の日々

 日本の民間経営コンサルタントのパイオニアで経営の神様仏さまタナベ様と言われた株式会社タナベ経営の創業者、田辺昇一氏が昨年12月22日に93歳で他界されたことを知りました。車椅子で生活しておられるとはもれ聞いていましたがご逝去されたと知り大変おどろきました。

 大学を卒業した年に家業が倒産するという原体験をした私が6年の営業マン生活をへて29歳の時にタナベ経営の門をたたいたのも田辺昇一という偉大な人がおられ、「心に革命をおこせ」や「人間の魅力」という著作に多大な感銘をうけてのことであった。爾来35年、コンサルタントとして第二の人生をおくったが常に経営の師、こころの師としてありつづけたひとであった。修行時代、元気にがんばってますかと声をかけれるだけでやる気がわきおこった偉大な人であった。衷心より哀悼の意をあらわすのみである。

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40年ぶりの同志社カレッジソング、わが青春のノスタルジー

2010年11月04日 | わが青春の日々
 
わが母校、同志社大学のキャンパスフェスタと交友会福岡支部の総会懇親会がアクロス福岡国際会議場で開催され、40数年ぶりに大学の香りをかいだ。来春の入試を控えた学生、親など100名あまり、OB、大学関係者など300余名の集まりで盛会だった。グリークラブの合唱するカレッジソングを久方ぶりに聞いて、なつかしき青春時代の想いがよみがえり血が騒いだ。昭和43年に卒業して以来、ビジネスの世界に埋没、一部友人との賀状交換が継続するのみで接触はないに等しかった。勤務地が大阪から九州、沖縄など西日本中心になったため大学時代の友人との交遊は疎遠になってしまった。
 このフェスタは福岡県人に創立135年の同志社のよさを知ってもらうのが狙いで開かれたようだが、受験生へのアドバイザーとしてあいさつした3人の女子大生はなかなかはつらつとしたあいさつで大したものだった。政界、財界、官界との立ち位置のブレが目立つ昨今の情勢下で、「良心が全身に満ち溢れたますらおを育成する」として新島襄が設立した同志社、今こそその真骨頂を発揮すべき時が来たというわけだ。

 学長のあいさつの後、神学部OBで「知の巨人」インテリジェンスの雄として知られる佐藤 優氏の講演があり学生時代の思い出、神学部があってこそ総合大学、世界の読み解き方など知的情報の豊富さに圧倒される。やはり凡人とは頭脳構造がちょっと違うような感じで、どの教授の教えが自分の今を決めたのどうのとその記憶力はけた違い。ロシア、北朝鮮、中国の動きなど勘所の押さえるにはそれぞれの歴史体験がどう影響しているか押さえねばならないなどおもしろかった。
 講演のあと、交友会福岡支部の総会が開かれ新役員が決まったようだがOBは福岡県で1300人くらいいるらしいが今回100人の参加で43年卒業生など数人しかおらず、知ってる人はこの会を紹介してくれた人以外皆無で、さびしい想いがしたがリタイするまでまったく大学のことは頭になかったのだから仕方がない。
 場所を西鉄インに移して懇親立食パーティが開かれた。ここでもグリークラブの演奏からスタート、関係者紹介で時間がくったが約二時間行われ、最後にカレッジソングの合唱で終了。今後は福岡良心塾と銘打ち交流しているようなので、遅ればせながらぼちぼち交流を深めてゆこうと思う。
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