
辰年が来てしまいましたね。 12年前の辰年は西暦2000年、 イギリスに居てミレニアムの騒ぎの中にありました。 1999年の冬、 最後の駐在地としてのイギリスに行き、 ホテルの窓から見た北の国の冬空とオリオン星座が思い出されます。 いつも新しい国に行くと、 これからどんな事が待っているのだろうかと言う不安と、 新しい事が始まる期待感がありました。
主人が退職し、 今は夫婦で日本での落ち着いた生活ですが、 代わりに息子たちが海外に出て行ってます。 長男がアメリカ、 次男が中国、 「危険分散」と主人は笑います。
その次男が春節で上海からお嫁さんと一緒に帰ってきました。 たった1週間の滞在で,もう今日成田から上海に帰りました。
短い滞在なので、 近いところで箱根の芦ノ湖畔の、「山のホテル」www.odakyu-hotel.co.jp/yama-hotel/ で1泊してきました。 本当は雪の北陸に行きたかったお嫁さんでしたが、 ちょうど雪が降って箱根も美しい雪景色になり大喜びでした。 夜には空は晴れて星がきらめき、 オリオンも見えて12年前を思い出しました。

そして翌朝は快晴、 芦ノ湖を海賊船に乗って、湖畔の「山のホテル」を見ながら、富士山が大きく見える大湧谷へ。


あっちにもこっちにも、 中国観光客歓迎の旗がはためき、 中国語のアナウンスが流れます。 時代の流れを感じます。 ちょっと前まで、 日本はこんな観光地風景を考えていたでしょうか?
そして、まさか、我が家に中国人のお嫁さんが来るなんて!
日本での休暇最後の夜は、結婚式でちゃんとスピーチまでしてくれたおばあちゃん(私の母)を訪問しました。 やはり中国の人は敬老の思想が強いようです。 忙しい日程でも、おばあちゃん訪問は欠かしませんでした。 涙もろくなった母は、孫夫婦の訪問に目を赤くしながら、 孫の事を宜しくとお嫁さんの手を取って言っていました。
今日は、朝早くゆりの里親さんも来てくれて、 お庭にゆりのお墓を造り、 納骨しました。

怖い事があるといつも逃げ込んでいた植込みの陰・・・ずっと以前から心に決めていた場所です。
長男、次男、私には、遺骨を入れたロケットを、 里親さんと別荘用には小さな瓶に分骨しました。
長男一家も一緒に家族全員でランチをして、 その後ふたりは成田へ。
今頃はそろそろ上海に着いた頃でしょう。 
今年はどんな年になるのでしょうね?
良い出会いがありますように。











天に昇る勢いの龍の背中に張り付いているのは何でしょうか。その又背中に張り付いているのは何でしょう。ゆりちゃんかしら。私も今年は龍のように元気に舞い上がりたいですね。若い時からご主人と共に世界を歩いてきて、そのお子様たちもまた世界で活躍するとは素晴らしい!お嫁さんも連れてくるとは(パチパチ)
昭和38年から4年間東京で学生生活を送りました。その当時外国は遠くほんとうに今のような世界との交流は考えられませんでしたから。
あき子さんのブログを読んでいてその国の事情などが分り、ああそうかと思う事しきりです。ときどきあき子さんが暮らした国の事など書いてくださいね。 fumiko
私も大学は38年から42年です。 在学中にアメリカに行った時は、 羽田からDC8に乗ってハワイで給油しました。1ドルは360円、 貧しいアジアの学生でした。
ブログも、主役(?)のゆりちゃんがいなくなりましたが、比較文化論みたいなところを意識してこれからもぼちぼち書いて行きます。 コメントありがとうございます。 ずっとパソコンの調子がイマイチで、 火曜日、入院するかもしれませんが