夢から慈しみの世界へ

神と自然と人間の共生
神一元・善一元・光明一元の生活
人間の生命の実相は『仏』であり、『如来』であり『神の子』である

運命とは固定したものではないのである。

2017年05月17日 20時39分28秒 | 日記・エッセイ
運命とは固定したものではないのである。

車同士で正面衝突した友人が、九死に一生を得て5ヶ月ぶりに元気に生還しました。
お互いに手を取りあって喜びました。
畑仕事も出来るようになりましたと喜んでいました。
当時の事を説明しましたが、夜勤明けの帰宅途中の事故でした。
相手の車の方が運が良く女性の看護師の方でした。
その看護師の方がご自分の怪我はさて置いて、素早くご自分の勤務の救急病院のドクターヘリとレスキュー隊を呼び
適切な処置をして頂いたお陰で迅速な治療を受けることが出来ましたと話されました。
私も翌日に病院駆けつけましたがまだ意識が朦朧としていて、奥様が臨死体験のようなお話をなされていました。

因果という運命は人間が勝手に積重ねた精神的エネルギーである。
それ故人間の心によってその因果という運命は自由に破ることが出来るものである。

月かげのいたらぬ里はなけれども
ながむる人の心にぞすむ。 
法然上人











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