書くべきことは全て本文中にあるので、あとがきに書くものが無い、などと
言えるといいのだけれども、それを言える分かりやすさではない。残念ながら。
なので多少は。思いのままに徒然。
私は今まで、脚本では実際に存在する問題を分かりやすい喩えで書いてきた
ことが多かったのだれけども、いつもそれは周りに空想科学としてしか
評価されていなかった。これではあかん、ってんで今回の話は事実に
基づく判断を可能 . . . 本文を読む
審問会支部へやってきて一ヶ月が過ぎていた。その日も私とジルベルトは
屋上に上がった。
屋上の一角には海外の土、海外の種で作られたハウス農場が建てられている。
ここで生まれたイチゴは果たして国産? それともどこそこ系の何世?
ちなみにジルベルトは南米系に憧れている国産品だ。
私とジルベルトは、毎日アコギを片手に、農場の農作物に向けて交互に
一曲ずつ披露していた。音楽を聴いて育った作物はいい出 . . . 本文を読む
レンタカーを返し、ジルベルト・嘉穂・星野と共に家の前に。
「まぁ、なんだな。元気で」
私は言った。
「どうすんだよ?」
と星野。答える私。
「別にテロの犯人を捜そうってつもりじゃないさ。でも…」
「でも?」
「でも、美知達を釈放したくは、あるな」
「じゃあ」
するとジルベルトが口を挟んだ。
「犯人を突き止めたいのは星野の方だろ?」
星野は動きを止め、やがて下を向いた。ややあって、私は口を開いた。 . . . 本文を読む
「私は独りではただのおじさんですよ。周りの人が助けてくれる。支えて
くれるから、私はそこに倒れこんでいるだけです。この場所も外敵の多い
市街地から隔離していただいていますし」
おっさんは両手を広げた。
「ポーン、とね。ダイビングです」
「パンク文化ですね」
「ほほ。そういうことですよ」
「ですが、パンク文化は日常のカウンターとして若者に受け入れられていたの
です。そうありたい、という反日常 . . . 本文を読む
森。車が走る。
「問題視されたのは、花粉だな」
と運転席のジルベルトは言う。
「この窓の外の杉達も、次世代では突然変異で別品種になってるかもしれない
わけだろ? つまり、その、花粉は杉ではない別の何かなワケだ。調べ
なくていいのかって騒ぎ出してね。もう大変な騒ぎだったよ」
私たちは名刺の住所を頼りに高望党の本山と言える場所へ向かっていた。
ジルベルトの話では、テロ後の区画整理では大きな寺社 . . . 本文を読む
注文がまだだったので、店員が恐る恐る声をかけた。一之瀬がアイス
ティーを頼むと、撮影者と三上琴子もそれに続いた。
「あの、それとカメラはちょっと…」
と店員が言うと、撮影者はシャツの胸ポケットから手帳を出した。
「審問会のものです」
「あ、そうでしたか。ハハ。ハハハ…」
店員は奥に引っ込んでいった。程なくしてアイスティーが丁重に届け
られた。
「単刀直入に言うわね。私は無関係なの。この事情聴 . . . 本文を読む
広めの喫茶店。机を三つくっつけて片側に座るは私と星野とジルベルト。
私は小倉トーストとアイスコーヒーを頼んでそれを朝食とした。合衆国産の
小麦粉によるトーストと南米産のコーヒー。この国の農業が駄目になって
しまう前から輸入品で構成されていたメニューだ。世界が変わって、原産地が
変わったのはこの中ではおそらく小豆だけだろう。
入り口から入ってきたのは一之瀬と三上琴子、そして撮影者。一之瀬から
ホ . . . 本文を読む
ジルベルト達と夕食を食べて戻ってくると、電話があったとフロントから
言われる。部屋に戻って掛けたらば、審問会支部につながった。私はその
審問官に電話を掛けた主は誰か分からないかと聞くと、審問官は調べて取り
次ぐので待てと言う。時間はもう19時を回っていた。事情聴取は大丈夫なの
だろうか?
あいわかった、ってんで二分ほど保留音を聞きつつ待ったら、電話が
つながった。
「あ、の、もしもし?」
電話 . . . 本文を読む
「審問会がやっているのは、自分にとって都合のいい理由、都合のいい
言い訳を探しているだけに過ぎないんじゃないかと思うのだ」
私は続けた。
「それは正確な情報を整理したり検討したりするためではない。むしろ逆で、
適当な答えに結びつけるために利用しようとしている」
「なんでそう思う?」
一之瀬は私に聞いた。
「全体がそうとは言えないが、少なくとも私が会った審問官は、誰かに断罪を
させて自分が納 . . . 本文を読む
「どうだい。元気?」
一之瀬は言った。
「それなりだな」
私と星野はベッドに座り、一之瀬と撮影者は部屋にある椅子に座った。
「で。俺が釈放されてないのにあんたらがここにいるのは何でだ」
先制攻撃。私は美知の進言のことを説明した。すると一之瀬は、
「ふん。それなら俺たちの当てはまるんじゃねぇのかな? 審問会の
参考になるような情報なんて持ってないんだけどな」
と言い、険しい顔をした。私は尋ねた。 . . . 本文を読む
運転席には興味本位でついてきたジルベルト。助手席には私が座り、
後部座席に嘉穂、そして星野が座っていた。
レンタカーは新しい高速を行く。ひたすらに直線だ。全ては取り壊されて、
そして再構築された。土建バブルは今も続いている。テロで得をした人もいる
わけだ。一番得をしたのは国交省? それとも立法?
ラジオからは歌謡曲。相変わらず既知の概念がひたすらに繰り返し語られる。
「こんな曲を何回も聴くよ . . . 本文を読む
約一週間の滞在を経て、早朝に私と星野は審問会の門を出た。審問官の
中に、美知の意見に価値を見出す人間がいたからだ。支部本部合わせて
四時間の協議の末に、釈放が決定した。
施設を出る前に医務室に春日あかねの様子を見に行った。春日あかねは
いつぞやのように、泣いていた。
「もしも私が存在することで、人が苦痛を感じるのならば。私は存在しない
方がいいのではないかと、常々思われるのです」
益田 . . . 本文を読む
春日あかねは意識不明。審問会の面々が医務室へと連れて行った。
部屋には私と村本、そして星野が残った。
「落ち着いたかね?」
村本は星野に言った。星野はむっとした顔をして、そっぽを向いた。
「何を言われたんだよ」
私は星野に聞いた。すると星野は、キッと私を睨んで、言った。
「二度と聞くな! 二度と聞くな」
開けっ放しになっていた入り口から美知は入ってきた。
「村本さん。ちょっとお話が。いいです . . . 本文を読む
審問会支部に来て、六日が経っていた。
「俺らは何にも役に立てないのだが」
私は食堂で星野に言った。
「そうだな。時間の無駄だ」
星野は口の端で笑いながら続けた。
「でもなんだな。外に出れるんだから、日中働いてから帰ってきても、
大丈夫なわけだよな」
「そっか。そうだな」
考えていなかった。それは黙っていても食事が出るからかもしれなかった。
「出るか」
「そうだな」
入り口ロビー受付で私達は . . . 本文を読む
「私が小さい頃、周りではいい学校でいい成績を取れる人が偉い
なんていう迷信が、まことしやかに語られててさ」
美知は話した。
「もう周りがみんなそう言うもんだから、私もへーそうなんだ位に
しか思わなくてさ。馬鹿だったんだね、当時の私は。なんかおかしいな
って気付いたのはハタチ越えてからで。大学で勉強教えても、論文が
本になって出版されても、なんかの賞をもらってりしてもさ。
全然おもしろく . . . 本文を読む