今日は72年前、長崎に原爆が落とされた日です。

2017-08-09 21:31:30 | その他・日常・たわごと
今日は72年前、長崎に原爆が落とされた日です。

歴史にifはありませんが、もし”これが成されて”いれば被害も随分軽いものになったかもしれない事実があります。


投下9分前、幻の空襲警報 軍が「原爆搭載機」察知 退避命令はさく裂直後 [長崎県]

(西日本新聞さんのニュース記事への直リンクです。時間経過でリンク切れになるか?予めご了承ください)

ワタクシが”これが成されて”と書いたのは、このニュースの終盤「知事、原爆投下の危機と判断 市民全員避難を検討」の部分です。

かいつまんでいえば、8月6日、空襲による被害がなかった広島市に新型爆弾が投下されたことをその翌々日、8月8日に知った当時の長崎県知事は同じく空襲の被害のなかった長崎市が新型爆弾の次の標的になる可能性が高いということを考え、翌8月9日に市民を総避難させるための会議を開始した途端に原爆が投下されてしまい”長崎市民の総避難”は実現しなかったということなんです。

また、同じ記事のなかには、原爆投下直後にラジオから「長崎市民は全員退避」を連呼する放送が流れたとも書いてあります。

つまり、広島への原爆投下を受けて次の標的が長崎になるかもしれないと気付いた人がいたということです。なぜ、もっと早く総避難の指示・命令ができなかったのかと悔やまれます。

長崎県知事は投下の前日には広島への原爆投下のことを聞いているワケだから、夜の間に会議をして避難指示・計画を整えておけなかったのでしょうか?もし投下の1時間でも早く避難指示が出ていれば被害はもっと軽かったに違いありません。

当時の長崎県知事も広島への原爆投下の報を聞いて「まさかな」と半信半疑だったので考えるのに時間がかかったのかもしれませんし、それも無理からぬことでしょう。

確かに長崎以外にも標的となる都市はいくつもあったことでしょう。実際、第二の原爆”ファットマン”の当初の標的は小倉だったワケですから。

だったら、当時の政府は広島と同じ条件の都市をすぐにピックアップして軒並み総避難させてればよかったのでは?と思わずにはいられません。なぜもっと素早く対応してくれなかったのでしょう?

ある人がネットのニュース番組にて、東京大空襲で多くの人命が失われた原因の一つとして、当時の政府が国民の避難計画をちゃんと練らなかったからだと指摘していたことを聞いたことがありますが、この長崎の例でも同じことが言えると思います。

長崎県だけではなく、当時の政府がもっと真剣に大規模な避難について計画を練っておけば避難指示なども後手に回らず先手をうって行えたのではないでしょうか?

再度書きますが、歴史にifはありません。またワタクシのこの記事での指摘も歴史を知っているからこその”神の視点”であることは十分に承知をしておりますが、書かずにはいられませんでした。

ところで、ここ何年も8月6日、9日についてはこういう記事を書いてますが、せめて毎年二日間だけでも戦争から平和を考えていただきたいという思いから書いております。

ワタクシのブログの趣旨からは少し離れているかもしれませんが、今後もブログが続く限り続けていきたいと思いますので今後ともよろしくお願いいたします。

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