淳一の「キース・リチャーズになりたいっ!!」

俺好き、映画好き、音楽好き、ゲーム好き。止まったら死ぬ回遊魚・淳一が、酸欠の日々を語りつくす。

ディランの「REAL ROYAL ALBERT HALL」を聴きながらアカデミー文学賞受賞へのコメントを読む。

2017年01月05日 | Weblog
 お正月3日は約1ヶ月振りのジムで汗を流し、続く4日もまたジムで「ボディ・コンバット」、今日の5日は所用で鶴田町まで出掛けたのでジムには行けなかったけれど、明日の夜も21時からということで、ちょっと辛いけどなんとか頑張って「ボディ・コンバット」をやろうと思う。
 鍛えよう。

 そんな今日は、「ロッキング・オン」に全文掲載されていた、ボブ・ディランのアカデミー文学賞受賞に対するコメントを読みながら、彼の最新アルバム「REAL ROYAL ALBERT HALL」(ただし、音源は1966年次のライヴですが)を聴いている。

 ディラン、今回も大いに世間をお騒がせした。
 まず、栄えあるアカデミー賞の受賞式に欠席して、代わりにパティ・スミスを出席させ、「はげしい雨が降る」を歌わせるんだから、凄い。
 しかもそのパティ・スミス、晴れ舞台であがっちゃって、歌詞を間違えるという大失策。なんか本人は意外とあっけらかんとしていましたが・・・。

 で、ディランのコメントである。
 短いです。

 まさか、自分が文学賞、それもノーベル賞を貰えたということに対する、驚きと戸惑い。シェークスピアを引き合いに出して、シェークスピアもまたあくまで舞台のための劇作家として制作に励んだのであり、決して後世においてに文学作品として評価されるとは思ってもみなかったのではということ(つまり、自分も一介の音楽家として長年「音楽」を作ってきたのであり、まったく文学とは捉えていなかったということだろう)。

 そんなディランの受賞式での欠席コメントを読みながら聴く「REAL ROYAL ALBERT HALL」には、ちょっとした感慨を覚えてしまった。
 それは、ディランにとっての1966年当時というのは、ある意味特別の意味を持っているからだ。

 つまり、当時彼は、それまでのフォークの世界から大きく飛び出し、ロックの世界へと踏み込んだ時期だったからだ。
 いきなり大音響でエレキ・ギターを鳴らして観客の前に現れたディランに対して、フォーク・ソングを聴きに来た多くの観客たちから、一斉に「ブーイング」の嵐が巻き起こったのである。
 「ユダ!」「裏切り者!」という罵声まで彼は浴びせられた。

 そんな雰囲気を、この2枚組アルバムの「REAL ROYAL ALBERT HALL」も持っていて、1枚目がアコースティック、そして2枚目がエレクトリックという2部構成でライヴを組んでいることでも、それがよく分かる。

 それが50年の時を経て、なんとノーベル文学賞とは!

 世の中、何が起こるかわからない・・・。
 勝てば官軍、負ければ賊軍。
 人生なんて、他人にいつどんな評価をされるのかなんて、結局誰にもわからない。







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