淳一の「キース・リチャーズになりたいっ!!」

俺好き、映画好き、音楽好き、ゲーム好き。止まったら死ぬ回遊魚・淳一が、酸欠の日々を語りつくす。

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もう一度「幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない」を読み直してみる。

2016年09月17日 | Weblog
 ラス・ハリス著「幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない」を再読する。
 最後まで真剣に読んだ。
 救われたいと思ったからだ。

 もうマジで、自分の心で自分自身を傷付けたくない。疲れたのである。
 でも、心という厄介な怪物は、絶えず否定的で破滅的な見解を囁き続け、頭の中をネガティブ思考でいっぱいにする。
 困ったものだ。

 ラス・ハリスの「幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない」では、思考は意地悪で、常に「弱音」や「否定」の物語を作ってはそれを根付かせてゆくのだと説く。
 心は偉大なストーリーテラーで、自分勝手に物語を増産して、心を惑わし、幸福の罠を仕掛け続けるのだとも。

 「幸福になりたいなら幸福になろうとしてはいけない」には、こんなエピソードが出てくる。
 父と母、そして二人の子ども(男の子と女の子)を乗せた車が今、ディズニーランドに向かって走っている。
 久しぶりの休日を、親子四人で前から楽しみにしていたディズニーランドに出掛けて、思う存分エンジョイしようと、みんな心は踊っている。

 でも男の子は、向かっているその二時間近くの間、苛々して落ち着かない。「早く行きたいっ。まだなの、まだなの」と泣き喚いている。
 とにかく心ここにあらずで、不満だらけだ。

 女の子のほうはまったく逆で、ディズニーランドに向かうその二時間、目まぐるしく変わる車窓からの風景を楽しみ、両親とお喋りしながら、今のこの過ぎ行く時間は時間としてそれを大いに楽しんでいる。

 もし仮に、車が何かのアクシデントに遭遇して目的地に辿り着けなかったとしても、女の子はそれなりに途中のドライブを楽しんだことを後悔しないに違いない。
 翻って男の子のほうは・・・。

 これは中々示唆に富んだエピソードだ。
 価値を目的とした人生のほうが、目標達成を目的とした人生より、数倍の充実感があるからだ。

 それにしても、いつも心に流れ続けるラジオ番組「破滅と破壊と自己否定の物語」には、もううんざりする。

 理想を高くし過ぎて、一度もそこまで登れないなら、そんな壁全部ぶっ壊して、普通に歩いて向こう側に歩いたって、誰からも後ろ指なんてさされないのでは?

 ああ、疲れる・・・。








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