悪: 亞と心、 亞は陸墓玄室の四隅を落とした平面形、死、凶、無、の意としたと考えられる。 悪とは、凶事に臨む心情を示す。
絶対悪とは、究極の悪、更生不可能な悪、死刑にするしかない悪、等々で、確実に存在する。
少年法の適用を受けたり等、して死刑を免れた凶悪な事件もそれに当てはまる。
更に世界に目を向けると、ISILもそれに該当する。
絶対悪の本質は、悪を悪と認識していないことである。
ただし、善、良心等々を認識はしている。
それらは、自己の対極にある弱者として、一切の同情心を持たない。
弄び、いたぶり、抹消する対象物としか見ない。
生まれつきであれば、性悪説の論拠となる。
または、善悪の別を欠如したまま、矯正されずに成長することもあろう。
そのような悪の心を持った人間は一定程度必ず存在する。
誰しも多少の悪の心は持っている。 だが善悪の区別は知っている。
大多数の人間にとって、通常は、社会生活の中で、悪は、抑制される。
しかしながら、止むに已まれぬ事情によって、発露することもある。
ここでいう絶対悪とはそのようなものではない。
凶悪な悪で、ごく少数ながら必ず存在する。
その割合は人口と人口密度に比例する。
人口の少ない、人口密度の希薄な所では、ほとんど存在しない。
現在、世界人口が増えている中で、しかもグローバル化で国境の障壁が薄くなっている中で、より多くの絶対悪が蔓延しつつある。
元来、争いというものは、所有と縄張りの争いから生じた。
人類誕生から、小さな、あるいは大きな、長い争いの歴史の中で、善悪の概念が生じてきた。
その過程で、絶対悪が発生したと考えられる。
絶対悪とは、小さな悪の発展形として、煮詰まったものとして生じた、究極の悪である。
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