山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

‘17年 東北・信越の春訪ね旅 レポート <第22回(最終回)>

2017-05-16 04:52:08 | くるま旅くらしの話

 【昨日(5/15のレポート】 天気:曇り   

<行程>

喜連川温泉:もとゆ →(K・R293)→ 道の駅:きつれがわ →(R293・K)→ 道の駅:はが[栃木県芳賀町]→(K・R294)→ 道の駅:しもつま →(R294)→ 自宅

<レポート>

  旅の最終日となる。書くほどのこともなし。いつものように早朝散歩。喜連川のお丸山公園の裾野の道を一周する。約5kmほどか。3月下旬に老友と二人でここを訪れた時は、お丸山公園の崖の補強工事後に植えられた草木たちはまだ眠りの中だったが、今はもうすっかり緑が膨らんで、崖の法面は穏やかな春の色に染まっていた。7時頃に車に戻り、折角なので朝風呂に入る。この風呂のファンも多くて、7時の営業を待ち構えた人たちが10人ほど先着していた。ここの小さな露天風呂は、ほど良い温度で、心と身体を温め癒してくれる。

  9時過ぎに出発して、もう一度喜連川の道の駅に寄ることにした。大改修を終えたばかりのようで、新しくなった販売所やレストランなどは、以前の雰囲気を一変させていた。並んでいる品物の多くは以前の喜連川らしさをどこかへ投げ捨ててしまって、妙に都会風になっているのが少しさびしい気がした。何事もそうだけど、新しくなるというのは古いものを捨て去ることが肝心なことなので、これは当たり前のことなのであろう。しかし、ひねくれ根性のジジイには、元の田舎らしい売店の品目が懐かしく思えて仕方がない。どうして温泉茄子が置いてないのか、野性味のある地元野菜が並んでいないのか、残念に思った。こうなると、ここで野菜類を買うのは止め、やっぱり芳賀の道の駅にしようと思うのである。

  ということで、その後は芳賀の道の駅に立ち寄る。当座に必要な野菜類を買い入れて、最後のコースを辿って家に着いたのは13時半近くだった。孫たちは丁度昼寝を始めたばかりのようで、静かだったのが残念。そのあと、荷物の運搬に大汗をかいた。旅は終わる。

 

【旅を終えての所感】 

 もはや所感などは既に述べつくした感じである。今までにない、とんだ春の旅となった。丁度1カ月東北のエリアの一部を辿ったのだが、その半分は車の故障で横手市での滞在となった。その15日間の内8日間は連休のために修理受付を待つだけの時間であり、その後ようやく受付をして貰って、内容が判明して修理に取り掛かるまでの部品到達の待ち時間が6日間もあり、実際の修理に要した時間は1日と少しだけだった。間が悪いといういい方があるけど、今回はそのレベルがかなり上の方のケースだったのかもしれない。けれども、時間はかかったけど、車をダメにするとか、或いは事故につながるとかいう大事に至らないで済んだのは、不幸中の幸いというべきなのであろう。

 更に幸いだったのは、場所が横手市という秋田県の中核都市だったということがある。どの土地にも歴史が詰まっているのだが、横手市の歴史や文化に触れられたことも大きい収穫だった。このような出来事がなければ、決して見聞する機会がなかったであろう、横手市の素顔の幾つかを知って、それなりに満足している。この半月間は決して無駄ではなかった。これは負け惜しみではなく、率直にそう思っている。このあとも横手市に対する親近感は消えることはないと思う。ここには冬の季節に訪ねることが出来ればいいなと思い始めている。

 さて、肝心の旅の方だが、タイトルに「東北信越の春訪ね旅」と書いたのだが、結果的には東北の一部を巡る旅で終わってしまった。青森や岩手の春ももっとゆっくり訪ねたかったし、南下しての越後・越中や能登の春も訪ねたかったのだが、不意になってしまった。まことに残念である。来年再び出掛けられるかどうかは、この歳になると確信を持てない。ひたすら体力維持に努めて次の春を待つしかないと思っている。(終)

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