山本馬骨の くるま旅くらしノオト

「くるま旅くらしという新しい旅のスタイルを」提唱します。その思いや出来事などを綴ってみることにしました。

17年 東北・信越の春訪ね旅 レポート <第5回>

2017-04-20 05:12:04 | くるま旅くらしの話

【今日(4/20)の予定】 

  道の駅:喜多の郷 →(R121・R287他)→ 井佐沢の久保桜 → (R287・R113他)→ 道の駅:いいで(泊)  ※天気状況により、上記によらず、米沢市内探訪の後、高畠町の道の駅に泊ることも検討

 

【昨日(4/19)のレポート】 天気:曇りと大風

<行程>

道の駅:喜多の郷 →(R121・K33)→ 道の駅:あいづ湯川・会津坂下 →(R49・R252他)→ 福満虚空蔵尊参詣 →(R252)→ 道の駅:会津柳津 →(R252・R49・K33他)→ 勝常寺参詣 →(K33・R121他)→ 喜多方市内老麺店 →(K・R121)→ 道の駅:喜多の郷(泊)

<レポート>

 とんでもない天侯の一日だった。朝方は風もなく、雲は多かったけど所々青空も覗いており、まあまあの一日の始まりだったのだが、そのあとは大風が吹き、雨が吹き付けたかと思うと太陽が顔を出すという、そのような天気が、めまぐるしく変わる一日となった。

 6時半近くに歩きに出発する。車を出て、近くを流れる押切川の堤防に沿って造られた自転車道を1時間半ほどかけて往復した。この道の駅に泊って、このような道があるのを今日初めて知った。良く整備された自転車道は、県が造ったようで、どこまで続いているのか判らないけど、喜多方市内の向こうの方まであるようだった。未だ早朝とあって、それに自転車のシーズンではないのであろう、どこまで歩いても1台の自転車にも出会うことはなかった。傍を流れる押切川は雪融けの水を多く孕んで濁流を所々白く飛散させながら奔り下っていた。所々この冬に捨てられた雪の黒い塊が残っていて、まだ春は遅れている感じがした。周辺は平地で、その多くが田んぼであり、この辺りは美味しい米の産地なのだろうなと思った。まだ耕起に至っていない田んぼが殆どだったが、5月が近づけば一斉に田植えの準備が始まるのであろう。当初は市街地まで行って見ようと思っていたのだが、未だかなり距離がありそうだし、それに振り返って見ると先ほどまで良く見えていた雪交じりの山々が黒い雲に覆われ始めているのが見えて、これはもしかしたら一雨来るのではないかと不安になり引き返すことにした。これは正解だった。引き返し始めて、あと1kmほどで帰着できる辺りで雨が降り出した。傘を持っていないので戸惑ったが、小雨だったのであまり濡れずに戻ることが出来た。7時半を過ぎており、さすがの相棒も起き出していた。旅先では在宅時に比べて極端に歩く量が少なくなってしまう。それを少しでもカバーするために、旅先での早朝散歩を大事にしているのだけど、天侯不良が天敵である。今日は辛うじてセーフだった。

 今日は、予定では山形県の置賜地方の桜を見に向かおうと考えていたのだが、時期尚早のようだし、それに天気もここよりも悪い予報なので、行くのは止め会津若松市内か喜多方市内の探訪に切り替えることにした。泊りはもう一晩ここに厄介になろうと決める。朝食の間もその後も、雨は一向に止む様子もなく降り続いていた。これじゃあ、何処へ行ってもダメかもしれないと、やや途方にくれかけていたのだが、少し経つと空の雲が走り出して、雨も止む気になったようだった。とにかく会津若松に近いところにある新しい道の駅:あいづ湯川・会津坂下という長い名称のそこへ行くことにして出発する。ここへ着いた時には、雨は止んでいたのだが、店を覗いていたりしている間に再び本降りとなり出した。

道の駅にあった案内資料を見ていたら、日本三大虚空蔵尊の一つである福満虚空蔵尊というのが、柳津町にあるというのが目にとまった。茨城県にもその一つの村松山虚空蔵尊があり、ここには子どもの頃に、父に連れられて十三詣りというのに行ったのを覚えている。ちょっと覗いて見るのも良いかなと思った。それで念のためにネットで柳津町の天気予報を見てみたら、何と午前中は晴れマークがついているではないか。と、それで俄然行って見る気になってそこを目指すことにして出発。20分ほどしか掛らない距離だった。

 着いて見ると天気は未だ曇りだったが、青空が見え出していて、こりゃあ、これから晴れるぞ、という感じだった。いやあ、今頃の天気予報は大したものだなと思った。その後しばらくすると、すっかり晴れの天気となったのである。その中を福満虚空蔵尊に参詣する。ここは正式には福満虚空蔵尊円蔵寺というお寺であり、臨済宗の妙心寺派に属するとのことである。荘厳な本堂を中心に幾つかの堂宇が巨岩とも思える岩場の上に建てられていた。直ぐ下方には柳津の温泉街があるようだが、そこまでは行かなかったので詳細は判らない。本堂で般若心経を誦した後は、ゆっくりと境内を散策し、幾つもある石段のすべてを昇降したりした。信仰というよりも心身の健康づくりという考えの方が大きいのである。相棒とは別行動で、彼女がどこで何をしていのかは判らないし、考えることもない。

福満虚空蔵尊円蔵寺本堂の荘厳な造り。大きな建物だが、祀られている虚空蔵尊像は、良く見えなかったが小さなお姿のようであった。    

 いったん車に戻ったのだが、相棒が未着なので、もう少し下の方を歩いて見ようと坂を下りて行くと、道脇に弘法大清水という案内板があるのに気づき、行って見ると故事由来のある名水と思しき湧水がそこにあった。湧水には大関心があるのである。一口飲んでみると、まさに名水の美味さ感あり。早速車まで引返し5Lのポリタンを二つ抱えてその水を汲むことにした。運搬作業終えた頃相棒が戻って、昼食は近くにある道の駅:会津柳津で摂ることにて出発する。

昼食と言っても、その中身は、お寺さんの門前町商店街に目立って多い饅頭屋さんで買って来た饅頭類を、先ほど汲んだ名水を沸かしたお茶で食するだけのもの。本番は後で喜多方へ行ってから老麺の店を探して食べることにしている。

 お茶を飲んでいる間に、急に風が強く吹くようになり出し、しかもそれが突風なのである。車が揺らぐほどの強風なので、相棒は早や悪い想像が巡り出しているようだった。晴れていた天気も突然暗くなって、雨粒も落ちて来たようである。こりゃあまずいな、早く立ち去れということなのかなと、天の気まぐれには叶わないので、早々に出発することにした。

会津若松の探訪は諦めることにして、喜多方市街に行く前に、以前にも行ったことのある勝常寺という、徳一大師が開いたというお寺に寄ることにする。古刹なのだが、自分のお寺の見方というのは、仏像などよりも全体の環境の様子や堂宇のレイアウトなどに関心が向かっている。その時代のことなどを想いながら、このお寺がこの土地でどのような役割を果たしたのかなどということを考えるのが好きなのである。家内などは仏像ファンなので、見方が少し違うようである。それはそれでいいのだと思っている。久しぶりの勝常寺は、以前と変わらぬ佇まいだったが、冬が終わったばかりの所為なのか、少し老朽化が進んだ感じがした。薬師堂に参詣し、ここでも般若心経を誦して旅の安全と健康などを祈願する。お寺を訪ねている間も強風が吹きまくり、どうも落ち着かない。

勝常寺の薬師堂。このお寺ではこの建物だけが1398年に再建されて、今日まで残っているとのこと。しっとりと落ち着きと貫禄のある存在だ。

その後は喜多方市内へ。天気がそれほどひどくなければ、久しぶりに街中を散策しようかと思って行ったのだが、雨は降って来るし風は吹き捲くるで、とても散策などできる状態ではなかった。とにかくラーメンだけは食べることにして、老麺会のメンバーの店を探す。やまぐちという店を見つけて、そこで待望の喜多方ラーメンにありつく。美味かった。心も身体も温まった後で、地酒の銘酒を一本買い入れて、その後は一目散に今日の宿の道の駅:喜多の郷へ。16時少し前の到着だった。今日はもうこれまで。何も記すこと無し。

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