信行寺の隣と言ってもいい距離感。同じく第51回京都非公開文化財の 特別公開中の西方寺を訪れた
「寺名」 西方寺(さいほうじ)
「山号」 願海山
「宗派」 浄土宗知恩院派に属する寺
「所在地」京都府京都市左京区北門前町

本堂
西方寺は関白藤原師実の孫、左大臣大炊御門経宗(おおいのみかどつねむね)公を開基とする。経宗は浄土宗をお開きになった法然上人のもとで出家し、文治五年(一一八九)七十一歳で没し、その館を西方寺とした。始めは一条新町、次に両替町竹屋町上がる西方寺町、そして秀吉の都市計画により寺町椹木町東に、宝永五年(一七〇八)の大火で類焼し現在地に移った。
藤原一門の大炊御門家、宇多天皇の一門である綾小路家、五辻家の菩提寺にして公家の寺院である。

【重要文化財 本尊阿弥陀如来坐像】
木造寄木造りで、像高二三六・〇cmの丈六坐像。定印を結び、結跏趺坐する。平安時代の作とされ、国の重要文化財に指定されている。両頬を張りやや小ぶりの目鼻立ちを配す面相は、定朝様式の阿弥陀如来像よりもわずかに面長で、はつらつとした生気が感じられる。また衣文も煩雑にならずすっきりとまとまっており、量感ある体躯である。また光背は、びっしりと細やかな化仏でおおわれた円光背である。このように多くの化仏を有する光背を「千仏光背」といい、特に多くの化仏を有する本像は「三千仏光背」といわれている。外周の内側には、やや大きめの化仏が十三躯ある。光背がすごいですね。見学はかなり近くまで寄って拝観出来ました
何と何と、本像は、承保二年(一〇七五)、白河天皇により建立された幻の八角九重塔の法勝寺の遺仏と伝えられている。
2011年に京都アスニーに復元模型を見に行きました フログはここ 法勝寺の八角九重塔

法勝寺の八角九重塔の復元模型
【豊臣秀吉公坐像】

本堂には、寺町にあった当時よりの豊臣秀吉公の坐像が納められている。像高八十一cmの木像寄木造で、今春の解体修理により頭部から墨書が、脚部から朱書が発見され、慶長四年(一五九九)七条大仏師康住法印の造と判明した。

【衣通姫地蔵(そとおりひめじぞう)】
本堂の正面、地蔵堂には衣通姫地蔵尊が祀られている。寺伝では允恭天皇の后の妹・弟姫(衣通姫)が七歳のとき疫病で亡くなり、冥土で生身の地蔵を拝し蘇生、その報恩のためにつくられたのが本像と伝える。古来より疫病除け、安産守護の信仰があり、洛陽四十八か所中二十五番の霊場である。

お寺に干し柿があった
「魚板」かいぱんと干し柿が珍しくて写真に撮った
「寺名」 西方寺(さいほうじ)
「山号」 願海山
「宗派」 浄土宗知恩院派に属する寺
「所在地」京都府京都市左京区北門前町

本堂
西方寺は関白藤原師実の孫、左大臣大炊御門経宗(おおいのみかどつねむね)公を開基とする。経宗は浄土宗をお開きになった法然上人のもとで出家し、文治五年(一一八九)七十一歳で没し、その館を西方寺とした。始めは一条新町、次に両替町竹屋町上がる西方寺町、そして秀吉の都市計画により寺町椹木町東に、宝永五年(一七〇八)の大火で類焼し現在地に移った。
藤原一門の大炊御門家、宇多天皇の一門である綾小路家、五辻家の菩提寺にして公家の寺院である。

【重要文化財 本尊阿弥陀如来坐像】
木造寄木造りで、像高二三六・〇cmの丈六坐像。定印を結び、結跏趺坐する。平安時代の作とされ、国の重要文化財に指定されている。両頬を張りやや小ぶりの目鼻立ちを配す面相は、定朝様式の阿弥陀如来像よりもわずかに面長で、はつらつとした生気が感じられる。また衣文も煩雑にならずすっきりとまとまっており、量感ある体躯である。また光背は、びっしりと細やかな化仏でおおわれた円光背である。このように多くの化仏を有する光背を「千仏光背」といい、特に多くの化仏を有する本像は「三千仏光背」といわれている。外周の内側には、やや大きめの化仏が十三躯ある。光背がすごいですね。見学はかなり近くまで寄って拝観出来ました
何と何と、本像は、承保二年(一〇七五)、白河天皇により建立された幻の八角九重塔の法勝寺の遺仏と伝えられている。
2011年に京都アスニーに復元模型を見に行きました フログはここ 法勝寺の八角九重塔

法勝寺の八角九重塔の復元模型
【豊臣秀吉公坐像】

本堂には、寺町にあった当時よりの豊臣秀吉公の坐像が納められている。像高八十一cmの木像寄木造で、今春の解体修理により頭部から墨書が、脚部から朱書が発見され、慶長四年(一五九九)七条大仏師康住法印の造と判明した。

【衣通姫地蔵(そとおりひめじぞう)】
本堂の正面、地蔵堂には衣通姫地蔵尊が祀られている。寺伝では允恭天皇の后の妹・弟姫(衣通姫)が七歳のとき疫病で亡くなり、冥土で生身の地蔵を拝し蘇生、その報恩のためにつくられたのが本像と伝える。古来より疫病除け、安産守護の信仰があり、洛陽四十八か所中二十五番の霊場である。

お寺に干し柿があった
「魚板」かいぱんと干し柿が珍しくて写真に撮った
