5月21日の読売新聞朝刊に、この鯉のぼりの写真が載ったので思わず行ってきました。
工房「高儀」で作られた大阪府指定伝統工芸品の「手描き こいのぼり」長さ7メートル
明治中期には技法が確立された言われる堺五月鯉のぼりは金太郎がまたがったデザインが特徴です

こんな感じです。

節句飾り 明治42年(1909年)の制作、堺の刃物製造業の旧家に伝わる。初公開
旧い雛まつりの飾りはよく見るが男の子の節句飾りは珍しい

山口家住宅の主屋は慶長20年(1615年)、大坂夏の陣の戦火により市街地が全焼した直後に建てられた、国内でも現存する数少ない江戸初期の町家のひとつとして、昭和41年(1966年)に国の重要文化財に指定されています。
江戸時代の堺は鉄砲や包丁、織物などの製造業を中心に発達し、商業のまちとしても成熟していきます。今でも錦之町東から神明町にかけての一帯には、そのたたずまいをほうふつとさせるまちなみが現存。堺の町家暮らしの雰囲気を今日に伝え、その豊かな暮しを思い起こさせる全国的にも極めて貴重な民家です。
現在の入口は敷地南側ですが、建築当初は東側を表にしていたことが元禄2年(1689年)の「堺大絵図」からわかります。広い土間に面して畳の部屋が3室並び、土間には梁(はり)と束・貫で構成する小屋組みが見られ壮大な空間を作っています。
その後安永4年(1775年)に西土蔵、寛政12年(1800年)に北土蔵を建築するなど、現在の間取りが完成しました。また北側には樹齢200年の大ハゼの木を中心とする庭があり、主屋から観ることができます。
江戸時代には「京の着倒れ大坂の食い倒れ」とともに、「堺の建て倒れ」と例えられたように、堺衆は建物に贅を凝らしたといわれていますが、この建物はその名残りを示すひとつです。
伝統的な堺の町家暮らしを感じることができる、魅力溢れる施設として整備がおこなわれ、平成21年10月26日から新たに「堺市立町家歴史館 山口家住宅」としてオープンしました。内部では観光ボランティアガイドによる案内もあります。

広い土間に面して畳の部屋が3室並んでいます

土間の梁

かまど

蔵にあったらしいが、お嫁入りの時の駕篭らしい

部屋の雰囲気も、なかなかいいです。

お庭です

お庭には樹齢200年近いハゼの木もありました
堺市立町家歴史館 清学院にも寄りました。

清学院と奥座敷の寺子屋風景
修験道の寺院としての歴史とともに、江戸後期から明治初期には仏典を求めて、日本人で初めてヒマラヤ山脈を越えた河口慧海も学んだ寺子屋としても知られる建物。平成14年に国の登録有形文化財に指定されています。
