神戸市東灘区 阪急御影駅周辺は、関西の高級住宅街のひとつですが、それに相応しい美術館があります。
写真は、香雪美術館への坂道。
左の大きなお屋敷の一角に美術館があります。
右は神社(弓弦羽神社(ゆづるはじんじゃ))です。
香雪美術館(こうせつびじゅつかん)は、東洋古美術を中心とした私立美術館。
朝日新聞社創立者で、茶人でもあった村山龍平(むらやま りょうへい、1850年 - 1933年)の収集品を収蔵展示するため、1973年(昭和48年)に開館した。館名の「香雪」は村山さんの号である。

美術館の入り口。

志野茶碗 銘 朝日影
どっしりした形 志野焼き特有の色合い。
何とも言えずに、いいですね。

赤織部
白い模様がいいですね。
絵葉書はなかったですが、他に、「長束割高台」という作品がありました。
大名物と言われる分野です。
秀吉から長束正家に・・・・・家康が出てきたり。
華やかな履歴です。
素人としては、それがどうしたのと言う感じですが、収集家にとっては魅力なのですね。
素人には、茶道具と言えば「茶碗」ですが、他にもたくさんあります。
それらも展示されています。

老爺柿
お手洗いに行く途中にあります。

世良美術館
世良美術館(せらびじゅつかん)は、洋画家・小磯良平に師事した女流画家世良臣絵(せらとみえ)が開設した美術館。
世良臣絵さんは明治44年東京・麻布生まれ。
父の「女が一人でも生きていけるように、手に職を付けなさい。」という方針
のもと育った。
ピアノ指導者となり結婚後移り住んだ神戸においても仕事は続けました。
小磯良平氏と知り合う機会があり、30歳より本格的に画業を開始。
昭和29年に一水会に初入選。昭和41年にはフランスへ遊学。帰国後、銀座・日動サロンにて滞欧作品展を開催。
80歳になった平成4年に念願だった「世良美術館」を開館。その年の神戸市建築文化賞他多数を受賞。コンセプトは「女性がホッと深呼吸できる空間」。
まだまだお元気なようです。
常設展は「小磯 良平のデッサン」。
世良臣絵の素晴らしい風景画も展示されています。
風景画の絵葉書はないようです。

可愛いお花の絵が一杯あります。これはコスモス。
美術館というよりも、「サロン」という雰囲気です。
コンサートも開催されるようです。訪問した時は、奥様方が集まって、何やらお稽古をされてました。
まるで別世界の雰囲気です。
写真は、香雪美術館への坂道。
左の大きなお屋敷の一角に美術館があります。
右は神社(弓弦羽神社(ゆづるはじんじゃ))です。
香雪美術館(こうせつびじゅつかん)は、東洋古美術を中心とした私立美術館。
朝日新聞社創立者で、茶人でもあった村山龍平(むらやま りょうへい、1850年 - 1933年)の収集品を収蔵展示するため、1973年(昭和48年)に開館した。館名の「香雪」は村山さんの号である。

美術館の入り口。

志野茶碗 銘 朝日影
どっしりした形 志野焼き特有の色合い。
何とも言えずに、いいですね。

赤織部
白い模様がいいですね。
絵葉書はなかったですが、他に、「長束割高台」という作品がありました。
大名物と言われる分野です。
秀吉から長束正家に・・・・・家康が出てきたり。
華やかな履歴です。
素人としては、それがどうしたのと言う感じですが、収集家にとっては魅力なのですね。
素人には、茶道具と言えば「茶碗」ですが、他にもたくさんあります。
それらも展示されています。

老爺柿
お手洗いに行く途中にあります。

世良美術館
世良美術館(せらびじゅつかん)は、洋画家・小磯良平に師事した女流画家世良臣絵(せらとみえ)が開設した美術館。
世良臣絵さんは明治44年東京・麻布生まれ。
父の「女が一人でも生きていけるように、手に職を付けなさい。」という方針
のもと育った。
ピアノ指導者となり結婚後移り住んだ神戸においても仕事は続けました。
小磯良平氏と知り合う機会があり、30歳より本格的に画業を開始。
昭和29年に一水会に初入選。昭和41年にはフランスへ遊学。帰国後、銀座・日動サロンにて滞欧作品展を開催。
80歳になった平成4年に念願だった「世良美術館」を開館。その年の神戸市建築文化賞他多数を受賞。コンセプトは「女性がホッと深呼吸できる空間」。
まだまだお元気なようです。
常設展は「小磯 良平のデッサン」。
世良臣絵の素晴らしい風景画も展示されています。
風景画の絵葉書はないようです。

可愛いお花の絵が一杯あります。これはコスモス。
美術館というよりも、「サロン」という雰囲気です。
コンサートも開催されるようです。訪問した時は、奥様方が集まって、何やらお稽古をされてました。
まるで別世界の雰囲気です。

世良臣絵さんの花の絵は、どれも素晴らしいと思います。女の子らしいのですよね。
かなりのお年ですが。