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六義園(りくぎえん)  東京都文京区駒込

2014-11-01 | 街角の話し
六義園(りくぎえん)は、東京都文京区本駒込六丁目にある都立庭園。

六義園は、徳川五代将軍・徳川綱吉の側用人・柳沢吉保が、自らの下屋敷として造営した大名庭園である。1695年(元禄8年)に加賀藩の旧下屋敷跡地を綱吉から拝領した柳沢は、約2万7千坪の平坦な土地に土を盛って丘を築き、千川上水を引いて池を掘り、7年の歳月をかけて起伏のある景観をもつ回遊式築山泉水庭園を現出させた。

「六義園」の名称は、紀貫之が『古今和歌集』の序文に書いた「六義」(むくさ)という和歌の六つの基調を表す語に由来する

六義園は柳沢家の下屋敷として幕末まで使用された。時代が下るにつれ徐々に荒れはしたものの、江戸を襲った度々の火災で類焼することもなく明治を迎えた。
明治の初年には三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎が六義園を購入、維新後荒れたままになっていた庭園に整備が施され、このとき周囲が今日見る赤煉瓦の塀で囲まれた。その後は関東大震災による被害もほとんど受けず、1938年(昭和13年)には東京市に寄贈された。


3月下旬の枝垂桜の時期、ゴールデンウィークの躑躅の時期・11月下旬~12月上旬の紅葉の時期などにむ人気がある。

故郷の和歌山には養翠園(ようすいえん)がある。ブログはここ 養翠園  かきつばた

紀州藩第10代藩主徳川治寶によって、文政元年(1818年)から文政9年(1826年)にかけて造営された西浜御殿内の広大な大名庭園である。元々は、紀州藩士山本理左衛門の下屋敷であったと伝わっている。総面積は33,000平方メートル。

和歌山湾沿いの立地を利用して、海水を引き込んだ「汐入り」の池が特徴的で、潮の干満に応じて細波が立ち、水面が上下する独特の風情がある。この池には、日本庭園としては珍しい直線状の三ツ橋を渡しており、背後の天神山と章魚頭姿山(たこずしやま)を借景としたこの構図は、中国の西湖を模したものと伝えられている。


又,三菱財閥の創業者・岩崎弥太郎が寄贈した庭園ということだ、大阪には住友家が寄贈した慶沢園(けいたくえん)がよく知られている。ブログはここ 逆さハルカス、逆さ通天閣


春には桜で楽しませてくれる シダレザクラの大木



和歌山市ゆかりの地というコーナーがありました。他にも和歌山市紹介のポスター等ありました
和歌山生まれとしてはうれしくなります


園内の手前にある池は紀ノ川で、向こう岸は吹上の浜、池の中の島には和歌浦の妹山・脊山があり、また和歌浦の海岸にもある蓬莱岩もあり、庭園の中で最も高い丘(35m)は、有間の皇子の墓がある海南の藤白(代)峠です。その他、芦辺や藤波(並)などの和歌山の地名もあります



庭の緑も綺麗です。



橋は田鶴橋
左の中の島にある築山は、妹山(いもやま)、脊山(せやま)。古くは女性のことを妹(いも)、男性のことを背(せ)と呼んでいました。





紅葉がいい感じで始まりました。



渡月橋
渡月橋は、京都の嵐山ではなく、和歌浦を歌った和歌<和歌のうら 芦辺の田鶴の鳴声に 夜わたる月の影そさひしき>から来た名前です
2枚の大岩が雰囲気を引き締めます、 橋の下にはカメやコイが多く見られます


つつじ茶屋
岩崎家が明治時代に建てた建物として残っています。つつじの古木材を利用しているのと、ここら辺りつつじが綺麗なようです



面白い木を見つけました

「東京の中にある小さな和歌山」

そんな感じが一杯の公園でした
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コメント
 
 
 
Unknown (☆☆☆)
2014-11-02 20:36:25
こんばんは。つぐみです。
来週というか今週になりますか、ちょっと用事のついでに東京へ寄ります。
ちょうど「六義園」に行く予定をしていてびっくりしました。
紅葉はまだ少し先みたいですね。
展覧会は私好みのがなくて残念です。
 
 
 
つぐみさん、ありがとうございます (kazu_san)
2014-11-03 17:16:22
奇遇ですね。びっくりです。楽しんで来てください。紅葉も大丈夫ですよ。
国宝展は良かったですよ。なんと言っても国宝です
一つでも知った国宝が増えるのは楽しい物です。
 
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