没後150年 歌川国芳展; 大阪市立美術館
会期: 2011年4月12日(火)~6月5日(日) ※会期中、 展示替えを行います。
前期:4月12日~5月8日
後期:5月10日~6月5日
展覧会は大阪の後、静岡、東京と巡回予定。
歌川国芳は幕末(寛政9[1797]-文久1[1861])に、画想の豊かさ、斬新なデザイン力、奇想天外なアイデア、確実なデッサン力を持ち、浮世絵の枠にとどまらない広汎な魅力を持つ作品を多数生み出した絵師です
国芳の魅力は、なんと言っても、その画想の自由さ、豊かさ、限りなく広がるイマジネーションの世界にあります。物語の夢と冒険とロマンの世界を具現化する手腕においては、国芳は他に並ぶ者のいない卓越した才能を示し、まさに、江戸のグラフィックデザイナーとも称すことができます。
今回、東京新聞が 2011年2月22日(朝刊)に登載した記事により、注目されています。
<新聞記事抜粋>
江戸時代の浮世絵師が「東京スカイツリ一を予知していた・・・かどうかは分からないが 驚くことに、来春開業の電波塔にそっくりの”謎の塔”が 隅田川を描いた風景画に残されていた。作者は、大胆な構図や奇抜な発想で人気の浮世絵師歌川国芳
百八十年前の空の下にそそリ立つ尖塔のミステリーを追った。
その絵は、「東都三ツ股の図」。
展覧会のHPを調べると、後期の展示に登場。早速5/10の初日に美術館に行ってきた。
閉館は17時。館内に入ると案内の女性が声をかけてくれました。
「展示は約200点あります。全部をゆっくり見て回るのは厳しいと思いますが・・」
「スカイツリーを見たいと・・」と申し出ると、展示会場2です。一旦展示会場1を出て、お目当ての絵に行きました。
案内の方には通じましたが、館内の案内板には、「スカイツリーかも?」とかの注釈は一切出ていません(笑)カタログにも表記はありません。
ちなみにカタログの解説です。
船大工が防腐のために船腹を焼いている。その煙が、鉛筆のような硬い輪
郭線と画的な茶と鼠色のぼかしによって、らせん状にもくもくと立ち昇り、それに
呼応するように板ばかしを効果的に使った自由な形の雲が空を泳ぐ対岸には家々が立ち並び小さく万年橋が見え、極端に高い櫓が立つ。右遠景に大き永代橋がかかり、その向こうには佃島まで見える。
三つ股は隅田川下流で箱崎川への分岐地点。水平線を極端に低くとり、川幅が広がり開けた様子もよく表現されている。
知る人ぞ知ると言う感じです。スカイツリーとはどこにも書いてません
この塔は何なんでしょうね。謎です。
マニアの人もネットでは沢山居られて。
周りの風景から、場所はほぼスカイツリーの場所らしい。この絵は背景が圧縮されている(いろんな風景を絵にしたいためにです)それを元の縮尺に戻すと、かなり横広の絵になるそうです。
私のスカイツリーの過去のブログです。
5/5 東京スカイツリー ついに634メートルに
2011.2 東京スカイツリー その2当時594mでした。
2010.6 東京スカイツリー 当時398mでした
東京で展覧会が行なわれる頃には、この話も有名になって、解説版に、スカイツリーの文字が表示されるかもです。
一足先に、大阪で、天王寺で見てみませんか?

「宮本武蔵の鯨退治」
タイトルも絵も奇想天外ですね。
もちろん宮本武蔵が鯨を退治したという話は伝わっていません。
この絵が当時売れたのは、江戸の人の粋ですね。
他にも面白い絵が一杯あります。そして一つ一つが見事な構成とタッチです。

「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」
かなとカタカナが混じり、意味が直ぐには理解できませんが
(みかけはこわいがとんだいいひとだ)です。
大勢の人が寄ってたかって、とうとう、いい人をこしらえた。兎角、人の事は人にしてもらわねば、いい人には成らぬ
この絵はシリーズの中でも有名なので、どこかで見たかも・・という絵です。
鼻の所には、お尻が描かれています。見れば見るほど楽しい絵です。
【追記】
2011.5.15 NHK 日曜美術館 夢の国芳 傑作10選 で、「東都三ツ股の図」が紹介されました。
国芳に宿った夢か?
空想のタワー、国芳には時代の先まで見えたのだろうか?
これで、さらに有名になるかもですね。
庶民を喜ばせる絵を描いたという国芳。
絵を買った、当時の人も結構喜んだのだと思うと、楽しくなります。
*ポチッとクリックし、投票していただけると嬉しいです。*

会期: 2011年4月12日(火)~6月5日(日) ※会期中、 展示替えを行います。
前期:4月12日~5月8日
後期:5月10日~6月5日
展覧会は大阪の後、静岡、東京と巡回予定。
歌川国芳は幕末(寛政9[1797]-文久1[1861])に、画想の豊かさ、斬新なデザイン力、奇想天外なアイデア、確実なデッサン力を持ち、浮世絵の枠にとどまらない広汎な魅力を持つ作品を多数生み出した絵師です
国芳の魅力は、なんと言っても、その画想の自由さ、豊かさ、限りなく広がるイマジネーションの世界にあります。物語の夢と冒険とロマンの世界を具現化する手腕においては、国芳は他に並ぶ者のいない卓越した才能を示し、まさに、江戸のグラフィックデザイナーとも称すことができます。
今回、東京新聞が 2011年2月22日(朝刊)に登載した記事により、注目されています。
<新聞記事抜粋>
江戸時代の浮世絵師が「東京スカイツリ一を予知していた・・・かどうかは分からないが 驚くことに、来春開業の電波塔にそっくりの”謎の塔”が 隅田川を描いた風景画に残されていた。作者は、大胆な構図や奇抜な発想で人気の浮世絵師歌川国芳
百八十年前の空の下にそそリ立つ尖塔のミステリーを追った。
その絵は、「東都三ツ股の図」。
展覧会のHPを調べると、後期の展示に登場。早速5/10の初日に美術館に行ってきた。
閉館は17時。館内に入ると案内の女性が声をかけてくれました。
「展示は約200点あります。全部をゆっくり見て回るのは厳しいと思いますが・・」
「スカイツリーを見たいと・・」と申し出ると、展示会場2です。一旦展示会場1を出て、お目当ての絵に行きました。
案内の方には通じましたが、館内の案内板には、「スカイツリーかも?」とかの注釈は一切出ていません(笑)カタログにも表記はありません。
ちなみにカタログの解説です。
船大工が防腐のために船腹を焼いている。その煙が、鉛筆のような硬い輪
郭線と画的な茶と鼠色のぼかしによって、らせん状にもくもくと立ち昇り、それに
呼応するように板ばかしを効果的に使った自由な形の雲が空を泳ぐ対岸には家々が立ち並び小さく万年橋が見え、極端に高い櫓が立つ。右遠景に大き永代橋がかかり、その向こうには佃島まで見える。
三つ股は隅田川下流で箱崎川への分岐地点。水平線を極端に低くとり、川幅が広がり開けた様子もよく表現されている。
知る人ぞ知ると言う感じです。スカイツリーとはどこにも書いてません
この塔は何なんでしょうね。謎です。
マニアの人もネットでは沢山居られて。
周りの風景から、場所はほぼスカイツリーの場所らしい。この絵は背景が圧縮されている(いろんな風景を絵にしたいためにです)それを元の縮尺に戻すと、かなり横広の絵になるそうです。
私のスカイツリーの過去のブログです。
5/5 東京スカイツリー ついに634メートルに
2011.2 東京スカイツリー その2当時594mでした。
2010.6 東京スカイツリー 当時398mでした
東京で展覧会が行なわれる頃には、この話も有名になって、解説版に、スカイツリーの文字が表示されるかもです。
一足先に、大阪で、天王寺で見てみませんか?

「宮本武蔵の鯨退治」
タイトルも絵も奇想天外ですね。
もちろん宮本武蔵が鯨を退治したという話は伝わっていません。
この絵が当時売れたのは、江戸の人の粋ですね。
他にも面白い絵が一杯あります。そして一つ一つが見事な構成とタッチです。

「みかけハこハゐがとんだいゝ人だ」
かなとカタカナが混じり、意味が直ぐには理解できませんが
(みかけはこわいがとんだいいひとだ)です。
大勢の人が寄ってたかって、とうとう、いい人をこしらえた。兎角、人の事は人にしてもらわねば、いい人には成らぬ
この絵はシリーズの中でも有名なので、どこかで見たかも・・という絵です。
鼻の所には、お尻が描かれています。見れば見るほど楽しい絵です。
【追記】
2011.5.15 NHK 日曜美術館 夢の国芳 傑作10選 で、「東都三ツ股の図」が紹介されました。
国芳に宿った夢か?
空想のタワー、国芳には時代の先まで見えたのだろうか?
これで、さらに有名になるかもですね。
庶民を喜ばせる絵を描いたという国芳。
絵を買った、当時の人も結構喜んだのだと思うと、楽しくなります。
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