年賀状の季節になると年賀欠礼の挨拶状をいただく、自分が年を取ると共に増えるようだ、今年も30通程。
訃報を知らずに、申し訳ない思いをしたりするが、大概文面は定例文である。
その中に、秀逸な喪中のハガキが来た。
ご親交いただいてる作家の武部好伸先生からの分である。
亡きお父上への追悼の思いが滲みでて、琴線に触れるごあいさつである。
先生のお許しを得たので、ここにご披露し、ご冥福をお祈りします。
今年も残り少なくなってきました。皆様
いかがお過ごしでしょうか。
さて、11月26日、父.孝太郎が85歳で
永眠いたしました。
大阪城にほど近い長屋の仕事場で、真夜中、
裸電球の下、一升瓶を傍らに薄汚い作業着を
身につけ、黙々と印刷をしていた父の後ろ姿....。
その情景が父を初めて意識した幼き日のぼくの”原風景”でした。
小柄な人でしたが、その背中はとても大きく感じられました。
何ひとつ文句を言わず印刷機に向かっていた父。
挫折したり、落ち込んだりしたとき、その姿が自然と
思い起こされ、何かしらの力を得ていました。尋常小学校しか
出てない全くの小市民でしたが、知識欲が旺盛で、芯が通って
おり、ぼくには尊敬すべき大正男でした。
「おおきに! ありがとう!」。父が旅立ったとき、素直に
感謝の気持ちがこみ上げてきました。
そんなわけで、喪中につき新年のご挨拶をご遠慮申し上げます。
時節柄、くれぐれもご自愛なさってください。
訃報を知らずに、申し訳ない思いをしたりするが、大概文面は定例文である。
その中に、秀逸な喪中のハガキが来た。
ご親交いただいてる作家の武部好伸先生からの分である。
亡きお父上への追悼の思いが滲みでて、琴線に触れるごあいさつである。
先生のお許しを得たので、ここにご披露し、ご冥福をお祈りします。
今年も残り少なくなってきました。皆様
いかがお過ごしでしょうか。
さて、11月26日、父.孝太郎が85歳で
永眠いたしました。
大阪城にほど近い長屋の仕事場で、真夜中、
裸電球の下、一升瓶を傍らに薄汚い作業着を
身につけ、黙々と印刷をしていた父の後ろ姿....。
その情景が父を初めて意識した幼き日のぼくの”原風景”でした。
小柄な人でしたが、その背中はとても大きく感じられました。
何ひとつ文句を言わず印刷機に向かっていた父。
挫折したり、落ち込んだりしたとき、その姿が自然と
思い起こされ、何かしらの力を得ていました。尋常小学校しか
出てない全くの小市民でしたが、知識欲が旺盛で、芯が通って
おり、ぼくには尊敬すべき大正男でした。
「おおきに! ありがとう!」。父が旅立ったとき、素直に
感謝の気持ちがこみ上げてきました。
そんなわけで、喪中につき新年のご挨拶をご遠慮申し上げます。
時節柄、くれぐれもご自愛なさってください。
