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幻の名宰相 小松帯刀 焼酎

2008-07-21 | お酒の話し
焼酎の話である。
吹上焼酎株式会社 鹿児島県南さつま市 創業 明治29年10月

NHK大河ドラマ「篤姫」は毎週見ている。

肝付尚五郎(後の小松帯刀)瑛太が演じている。
父は肝付兼善(榎木孝明)
後に、請われて名門の小松家の養子になる。(肝付家も名門だが)
奥さんは お近(ともさかりえ) 。
小松清廉(こまつ きよかど)が本名で通称が小松帯刀。


ドラマでは、密かに篤姫を慕うが、史実は、単に同じ年生まれだっただけと思うが(笑)。

今年、流行の名前だ。酒屋で見つけたので早速飲んでみた。
黄金千貫芋100%使用。まろやかな飲み口。

折角の機会なので小松帯刀について、まとめてみた。

「小松家の名君」と言われた帯刀は、島津斉彬亡き後、公卿方や有力な幕閣との交渉ごとを行う任務についた。
島津久光にその手腕力量を認められて薩摩藩家老に昇格。
弱冠28才の時だった。
産業、通商を盛んにし藩の財政を豊かにし、藩の活性化近代化に貢献する一方、西郷隆盛、大久保利通らを支援し、坂本龍馬らとともに日本の明治維新を支える重要な人物になって行く。
明治政府の発足にあたり、参与職と総裁局顧問になり、明治維新後も参与や外交事務掛などの要職を歴任。明治3年(1870) 36歳で大阪で病没 。

坂本龍馬が新政府の人事構想として推薦した人物は、1)小松帯刀、2)西郷隆盛、3)大久保利通、4)木戸孝允、5)広沢兵助であったと言われる。存命すれば、新政府の宰相となっただろうと言われる。
これが「幻の宰相」の由縁であろう。

寺田屋騒動で傷を負った龍馬は、妻となったおりょうと共に、当時すでに薩摩藩家老であった小松帯刀を二人で訪ね、しばらく小松邸に逗留する。これが「日本最初の新婚旅行」といわれ鹿児島に二人の像が建っている。

帯刀の第二夫人だった琴仙子は、京都祇園の名妓、病の帯刀の最後を看取った。。遺児は、子供のなかった、お近が引き取り実子として育てた(小松 清直)。
自身は、小松と親交の厚かった五代友厚邸で余生を送った。
墓は、帯刀とお近の墓の側にある。日置市園林寺墓地

大阪で病死した帯刀の墓は、大阪市天王寺区夕陽ケ丘にもあると言われているが、どこの寺か知らない。誰か教えて...。

孫は、小松帯刀という。祖父(小松帯刀)の勲功により、伯爵を授爵。

あれこれ思いを馳せながら、一献。




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