Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

手間暇

2017年08月13日 | Weblog
手間暇をかけるということは、
自分のためより、

むしろ大切な誰かのために、
手間をかけ時間をかけるものだったはずだ。
そこには愛情があった。

愛する家族のために、
冷たい水であかぎれができても、
家事をしていた心は、
家族への思いであり愛であった。

そこに全自動の洗濯機を作ってあげよう、
買ってあげようというのも、
また愛であった。

いつから家事労働と言う言い方が
定着したのかは知らないが、

労働と言った瞬間に、、
それが時間と作業の切り売りとしか
思えなくなるというのは言い過ぎだろうか。

少なくともそこに愛情の痕跡は感じられない。

教育者も労働者であるという言葉の裏にも、
愛情の痕跡が感じられない。

子供のために、親御さんのために、
そして、社会のために、
惜しげも無く、時間と愛情を注ぐ姿は、
そこには無い。

たしかに労働を
時間とお金に換算する物の見方をすれば、
それは極めて正しい。

教師も労働者であり、家事も労働だ。

だが、私たちが失ったものも
正確に見なければ、不公平だろう。

時間とお金を代償に失ったものは、
実はかけがえのないものだったのだ。






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