日々の思い

日常の出来事、思いを書き続けて、自分を見つめて行きたいと思っています。

ある牧師夫人の言葉

2017-05-26 08:05:15 | 日記
「わが岩、わがあがないぬしなる主よ、どうか、わたしの口の言葉と、心の思いがあなたの前に喜ばれますように。」詩篇19:14



夫は元からですが、息子の家族も私の通う教会から近くの教会へ移りました。何か大きく惹かれるものがあった様です。喜んで生き生きして通う姿を見て、長くお世話になった母教会でしたが、これが主の御心だった、と安堵しています。聖書は一つ、殆どよく似た教会。世界には多くの教派に分かれてはいますが、聖書は同じ。中にはカルト的な教会があって、世の人には気を付けて頂きたいものです。そういったものはキリスト教ではありません。入れば解ると私は思います。



息子の子供は上の子は高2。その教会の牧師夫人はその献身の姿は頭が下がります。息子と孫(息子の子)と夫人とが話していた時、夫人は孫に、「あなたがもし有名校に入れ、相応しい職場に入れ、裕福になれば、その報酬から弱い人に分け与えなさいね。それが社会に貢献する事であり、神様が喜ばれる事ですよ。」と言って下さった。
孫はまだ全く未知数ですが、その言葉を心の奥深くにとどめて欲しいものです。

牧師夫人は自分も大きな苦難を抱えている人ですが、それだけ弱い立場の人に重荷を持ち、人に適格な言葉が出るのだと思います。世の人は立身出世をモットーに、そしてそれが成せば、鼻持ちならない高慢になる人がなんと多いのでしょう。人は罪人です。私も含め愛とか謙虚にといいますが、難しいです。しかし時に思い出し主にある豊かな人生を歩みたいものです。

上の言葉
人それぞれに生き方があり、何を大切にするかも違います。しかし、人として生きるために欠くことができない基本は一つです。それは神様を畏れ敬うこと。具体的に言うなら「神様によろこばれる」ことであるかどうか。あなたの生活の全てに言葉とわざとを問わず、この基準を当てはめてください。また、そうなるように求めて祈りましょう。(KE)


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