日々の思い

日常の出来事、思いを書き続けて、自分を見つめて行きたいと思っています。

イエスの愛を求めつつ

2017-05-06 07:51:02 | 日記
「よく聞きなさい。それと同じように、罪人がひとりでも悔い改めるなら、神の御使たちの前でよろこびがあるであろう。」ルカ15:10



イスラエルの旅から帰り、もう3か月になりますが、強烈な印象が心に焼き付き離れません。イエスはこういうとこを歩まれたのだな。しかし人は何%理解しているのでしょう。聖書をよみはしましたが、ほんの少ししかわかってないと思います。唯十字架の意義と復活さえわかればいいでしょうか。



ガリラヤ湖の丘の上に立つ「山上の垂訓教会」の庭です。この丘で語られた垂訓を私にも聞かせてほしいと思います。また人は個性豊かで、私はどれだけ理解できてるのでしょう?おごりや差別の気持ちがあるのでは?イカンイカンそれは!と思うのですが、世の中悪に満ちて、皆立派な事をいう様ですが、果たしてそれが良いのか悪いのか、それをも解らないし、誠は何なのか。やはり聖書の中しかないのでした。



そしてどうする事も出来ない我が罪の身代わりで十字架で死んでくださったのでした。それゆえ私の醜い罪はすでに赦されているのでした。自分の醜さを悟るのはいいけど、人間には限界の思い煩いはしなくて良かったのだ。そうなんです。イエスに着いて行けばいいのでした。つい忘れて。。。忘れるのですよね。



寒かったガリラヤ湖。虹が出てまして、薄いので画像のレタッチをやりすぎて、不自然になりました。

上の言葉
世間では数が多ければ勢いを誇示できると思いがちです。しかし、神様が求めておられるのはただあなた一人です。ひとりの悔い改めが天での大きな喜びを引き起こします。それほどに、神様はあなたに心を注いでおられるのです。そのあかしがイエス様の十字架です。どんな境遇にあっても、今日、主のご愛と顧みを感じつつ生きてください。(KE)
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