気になる温泉情報

「わがまま温泉日記」更新記録といろいろメモ

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圧力のもたらす沸点への影響

2004-12-16 | ・泉源から湯船まで
わずかながら、データを取ってみたのだが、影響は大きいと断ぜざるを得ないよね。
高温泉なら、すぐ気化することが確認できるグラフとなった。
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源泉に対するキャビテーションの影響

2004-12-02 | ・泉源から湯船まで
 今や、温泉地の風景は自然の摂理をモノともせずに、何でもありだ。里山をどこまでも蝕んでいく。さっきの図面を使うなら、こんな景色も当たり前。実は、こんな景色こそ循環風呂のスケールアップモデルとも思わせる代物なのだ。
 また、雨水の涵養樹林もなく、都心はアスファルトの路面にポツンと建ってる温泉センター。屋上にある展望露天風呂、滝湯や打たせ湯などなど・・・。地べたから湧き出すお湯に、大自然の公式にはあり得ぬ無理を強いているのが分かるでしょうが。

 これらは、すべて動力の恩恵がもたらした、いわゆる機械文明というやつらしい。万有引力の法則を持ち出すまでもなく、常識的に下のモノは上には行かない。努力次第で学校の成績が上がるのとはワケが違う。しかし、相も変わらず、ナントカと煙だけは高いところが大好きだ。
 あらためて、動力とは何ぞや。ワタシの理解によるならば、かつては牛馬の労をねぎらうところ、現代のランプの宿では、

  ディーゼルエンジン→電力→モーター

こんな流れで成り立っている。もちろん、冷蔵庫に用いてはいても、湯船に用いているなどと、過激なことを言うつもりはない。

 取り上げたいのはモーター、さらには、これを利用したポンプなのだ。
 手押しポンプのキーコキーコというのんびりした上下動ならともかく、電動ポンプにあっては常時高速回転の回転羽根がつきものだ。この羽根が温泉にとっては、とても厄介な存在に思えてならない。
 この回転羽根なるもの、船ではスクリュー、航空機ではプロペラ、ワタシの知らない競艇の世界ではペラなどと、呼ばれているらしい。たとえば、艦尾にあるスクリュー。隠密行動を使命とする原子力潜水艦では、気泡の発生を押さえるべく、とんでもない苦労をしているそうだ。恐らく、国家機密に相当するほどの価値ある情報なのだろう。

 問題の所在は、キャビテーションという現象にあるらしいんだね。簡単に言うと、水が沸騰する温度は摂氏100度ということになってはいるが、低圧では低温で、高圧なら高温で沸騰(気化)するということにある。つまりは、水の流れの川上側は低圧、川下側は高圧ということになり、川上側で気泡が発生するということのようだ。詳しくは、リンク先をあたってね。

 ポンプを用いることに対する違和感というか抵抗感。ず~っと昔から、なんとなく感じていたワタシであったが、その正体がうっすら見えた。科学的検証は、まだないものの、心中にあるモヤモヤの正体だけは、確かに見えて来たように思えてならない。
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温泉神社のロケーション

2004-12-01 | ・泉源から湯船まで
 高いところが大好きなのがナントカと煙だというが、水の流れともなればそこは謙虚で、高いところから低いところへしか流れない。もちろん、長江の大逆流やアマゾン川のボロロッカなど、例外だってあるのだが、いずれも河口の地形と大潮がもたらす自然の神秘といえるもの。

 歴史ある温泉神社ということなので、時代設定もそれなりに、電気のなかった江戸期以前に遡る。ポンプが使えないんだから、水に圧力を加えて、低い方から高い方へと圧送はできない。すると、次なる大原則にのみ縛られていると考えることができそうだ。

水は高い方から低い方へ流れる

 右の図の小高い位置に源泉地があり、温泉神社が立てられたとしよう。お湯は低い方へしか流れないのだから、赤い水準線より低い施設には配湯できる。これが、温泉神社のすぐ下に連なる湯宿の正体ではないだろうか。
 一方、低い土地に源泉が湧く場合はどうなるだろう。さきほどと同じく赤い水準線を横に引くと、これじゃ、お宿が建てられない。せっかくの源泉も活用されずに打ち捨てられるのみなのか?
 行ったことのある人ならば、甲子温泉新野地温泉のこと、思い出してみて欲しい。お宿は少々高い位置に建て、お風呂場だけを水準線の下に造ればいいんだね。おかげで、お風呂場まで、ずいぶん歩かされる羽目にはなるのだけれど・・・。
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温泉神社

2004-12-01 | ・泉源から湯船まで
 歴史ある温泉地なら、よく見かけるのが温泉神社。たいていが、小高い丘の上に立ち、その下に温泉宿が軒を連ねる。湯川の一つもあれば申し分なし。大きな温泉地なら蔵王伊香保、小さな温泉場なら白布田沢で典型的な姿が見て取れる。

 伊勢神宮が天照大神くらいならともかく、それぞれの温泉神社がどんな神さまを祀っているやら皆目知らない。さすが、八百万の神といわれるだけあって、神社本庁のHPによると、「産土(うぶすな)さま・氏神さま/神明神社/八坂神社/金刀比羅宮・琴平神社/諏訪大社・諏訪神社/春日神社/熊野神社/お稲荷さま/八幡神社/天満宮・天神社/住吉神社/えびすさま」と、代表的なものだけでも、こんなにもある。
 そこで、温泉神社がどこに分類できるかだ。神社の縁起もそこそこに、源泉地を確認したら、お風呂に浸かって「いい湯だな^^」と、欲望ばかりが先に立ち、とうとうバチが当ったようなものだ。それでも推理ならできる。

 祖先を同じくする人々の祈りの対象であった氏神さまというのは、時代が下るにつれて村落共同体の守護神たる地位を占めていったようである。もしもその地が温泉地として成り立っていたのなら、温泉は経済基盤であるだけに、「お湯が涸れませんように」と、祀り上げた可能性は高そうだ。
 しかし、これだけで、敬いや畏れの対象となったわけでもあるまい。もっと切実で実利的なメリットがあったに違いない。ここで、実利的と申し述べたが、会社の社長が企業発展を願って柏手を打つ。あれとは全く異質の動機があったはず。村落共同体の守護神たるには、社長さんだけじゃなく、村落に生活する下々の庶民に至るまで、有難味が感じられなくてはならなかったはず。
 ワタシが思い描いているのは、大自然の恵みに対する感謝こそがその根底にあるのではないかということ。現代でこそ、「朝シャン」だって勝手気ままに自由自在。ところが、燃料は薪、かまどでご飯を炊いてた頃には、田の草取りから疲れ果てて家まで戻り、共同浴場にてお風呂を頂くなんていうのは、とてつもない夢の快適生活だったのではなかろうか。なにしろ、江戸っ子だって行水が普通だったと言うんだからねぇ。

 物を温めるということには、とてつもないコストが伴うものだ。世界の四大文明が、森林伐採による砂漠化によって滅びたというのは、けっこう正しい指摘なんじゃないかと思う。
 だとすると動機はどうあれ、温泉神社があることは温泉資源を守ることに繋がっている。

温泉の恵みに感謝→温泉神社建立→鎮守の森の形成→温泉源の雨水の涵養

 源泉地に温泉神社を造ったおかげで、鎮守の森が形成され、それが温泉の源である雨水の涵養の一助となるのである。こうした因果関係に思いを馳せるにつけ、温泉神社の果たしてきた役割は大きいと言わざるを得ないだろうね。
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湯溜め

2004-11-19 | ・泉源から湯船まで
新高湯温泉 湯口から直接湯船に流れ込むお湯もあれば、空気にさらしてお湯の温度を下げるため、いったん木箱やら器に溜め置かれてから湯船に流れ込むお湯もある。そういった器のたぐいを、ここでは「湯溜め」と呼ばせてもらう。もちろん、浴室はるか遠くにある曝気漕とか、湯畑とは違うもの。要は浴室内でのこだわりの一品なのだ。
 湯船に注ぐ湯温調整法として、この段階なら大きく分けて2つある。

 ・湯量の調整
 ・興味深い工夫のあれこれ

湯溜めの堰の開閉
 湯量を変えて温度管理をするタイプだが、バルブの開閉よりは心和むものを感じてしまう。ただし、堰を大きく開けたとき、例えば万座温泉湯の花館なら、サルノコシカケのかけらなど、異物が浴槽内に大量に流れ込むことを覚悟すべし。

湯溜めのどこから湯を取るか
 温度の高いものは上、低いものは下と決まっている。湯溜めの箱の上から取れば高く、下から取れば低くなるという仕組み。湯量は変わらないし、理科の実験をしているようで、とても面白い。
 万座温泉日進館は苦湯の湯溜め、豪雨とともに流されて、今はもうない。忘れもしない、人の命といっしょにね。大自然の恵みを利用するということは、ときとして、ちっぽけな人間が大自然に立ち向かわなくてはならいことをも意味するのである。ご冥福をお祈りします。

湯溜めに物を沈める
 湯溜めにとどめておく時間をコントロールするもので、湯量に変化はない。しかし、何を入れておくかが問題で、温泉タマゴを作ろうと、我が家から持ち来たりたる生タマゴを入れておいたら、湯船に「白身の花」が散ってしまったことがある。くれぐれも注意が必要だ。

 さて、ここで、最後の項目、芦之湯温泉松坂屋本店における湯溜めの工夫を、もう少し実証的に考えてみる。
 仮に、容積は次の通りとしてみよう。
   ・湯溜め 10L
   ・置き物 4L
   ・湯量  1L/sec
すると、置き物のあるときには、
   (10L-4L)/1L/sec=6sec
置き物のないときには、
   10L/1L/sec=10sec
となる。湯溜めにおける滞留時間が6秒と10秒では、4秒しか違わない。4秒分だけ酸化・減温の機会が高まるのである。これが積分的に増長されるとどうだろう? あるいは、ほぼ2倍という級数的な捉え方でいくならどうだろう? 大河の流れが、たったの一滴から始まることをゆめゆめ忘れてはなるまい。
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熱交換器

2004-10-16 | ・泉源から湯船まで
 熱交換器といったところで、別段、目を見張るような特別なものではない。各家庭にあるはずのエアコンもこれにて成り立っている。自動車のエンジンを冷やすのにも役立っている。ふつう、エアコンは空冷、クルマは水冷といった具合に、発熱量と冷却コストに応じて使い分けられている。ここで、空冷・水冷とは、冷媒(熱を奪う媒体)の相違によるものでしかない。

 四万温泉の積善館では、数百年も続いた注水による温度調整を止め、温熱水の通過パイプを、川からくみ上げた冷水にさらすことにて減温調整しているそうだ。見たところ、簡易水冷式ではあるが、現代のお客に喜ばれているのなら、それはそれでよろしかろう。
 もちろん、一応は「科学の子」だったワタシだって歓迎なのだが、歴史上の用法とは異なるようで、これがまた、一抹の寂しさを禁じえない。だって、東北あたりの共同浴場では、地元の誰もが疑わず、水道ホースでジャンジャン加水。
 技術的な問題があったにせよ、歴史的には湯口におけるお湯の出自を問われていたのかも知れない。つまり、大地の恵みともいうべき温泉たるもの、こっそり加工してはならないのかも知れないね。

 ところで、右の2つの図の意味せんとするところを説明してはいなかった。中央配管内を温泉あるいは冷鉱泉が流れ、それを周囲の水または熱水にて温度調整するというもの。工業製品にあたるものでは、もっと複雑な造りになっており、熱交換が効率的になされるように工夫されている。

 もちろん減温調整が可能なら、加温調整だって熱交換器にて当然可能なはずだ。
 さて、ここで大問題がある。お役所の調査対象は「加水」「加温」となっているのだが、次元の違う変な話と思わない?

 ・加水 ⇔ 減水(ありえないとばかりもいえない ex.煮詰めて成分を濃くする)
 ・加温 ⇔ 減温

 ワタシの凡俗な頭の中では、「加水は成分が薄まるようでイヤじゃ~、加温は気体成分が飛ぶからイヤじゃ~」というもの。ならば、熱交換器を用いた加温・減温は許されていいのかも知れないにも関わらず、単純な加水・加温調査とは、何とも粗雑な分類による調査なんじゃないのかねぇ~。後顧に憂いを残さぬように・・・。
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曝気漕

2004-10-16 | ・泉源から湯船まで
 曝気とは、温泉の場合、おもに空気にさらして温度を下げることをいう。

 煮詰めたばかりの麦茶を冷ますのに、普通は冷水にさらすはず。空気にさらすだけでは、時間がかかり過ぎてしまうからね。せっかちなのはワタシだけってことでもないだろう。

 曝気にて湯温をさげるに、外気と湯温の温度差が十分なくては効果は薄く、しかも、けっこう広大な敷地を要することは論をまたない。なにしろ、空気に触れることが必須条件なのだから。雨が降ったら、雪が降ったら、効率的だが、これも加水になるのかなぁ?
 と、最近はやりの国交省やら環境省の調査結果を見て思う。おそらく、法文となった暁には「人為的に」などという文言が挿入されているのだろうし、そうあらねばならない。
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貯湯漕

2004-10-10 | ・泉源から湯船まで
 入浴客の出入りには、甲子温泉ほどのことはないにせよ、時間帯というものがある。夕食前と朝食前の混雑ならば当たり前。だから、ワタシは2時頃着いて、夕食前に2度ばかり、夕食後にも2度ばかり、早朝1度に、朝食後にもう1度、かなり欲張る方ではあるが、空いている時間を狙っているので、あ~、のびのび~♪
 騒然としたお風呂と、お湯のさざめきまで聞こえるような秘めやかなお風呂では、その味わいは天と地ほどに違いがあるのだ。混んでるときには20人、空いてるときにはたったの1人。このとき、必要な20:1もの湯量の違いの緩衝役が貯湯漕、と断言したいところだが、人数に応じて湯量が変わるなんて例を未だ見聞したことがない。草木はおろか、ワタシも眠る深夜にはお湯を絞って、せっせと貯めているんだろうけど・・・。

 かつて、信州秋山郷は小赤沢温泉を訪ねたことがある。真っ赤なお湯が珍しくて、湯口の前でたむろっていたところ、突如、ゴゴゴッと威勢良く、お湯が噴き出すのである。ワタシは思わず、湯船の中で飛び退いた。そうだよ、そうだよ、お湯っていうのは大地の中から噴き出してくるんだよ。だから、泉源と直結するなら間欠泉であるのが普通。一定の流量を保つため、こんな設備があったところで、不思議ではない。

 たいていが、泉源近くに置かれているが、レジオネラ菌防止のための温度管理のお達しはここにも及んでいるようだ。
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湯畑

2004-09-18 | ・泉源から湯船まで
 右の写真(画像挿入苦手だな~)は草津温泉の湯畑の全容。ここにこそ、お湯遣いの教科書がある。自然環境を生かしながら、どうすれば適温にできるかという知恵の全てが備わっている。さすが、歴史の重みはダテではないな~。
 奥の源泉から湯の花成分を木樋の壁面にへばり着かせながら、まずはたらたら流れていくのだ。イオウ成分固着のための酸化を早め、もちろん、多大なる冷却効果も得られるはずだ。いわば、湯畑水路は毛細血管に喩えてもよい。
 さらに、打たせ湯形式にて湯温を下げて、貯湯池にてバッファーの役を受け持たせつつ、もう一度、湯温を下げる。しかも、観光にも役立っているのだから一石二鳥。古人の知恵に恐れ入る。
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泉源

2004-09-17 | ・泉源から湯船まで
 天然温泉という言葉には、どことなく違和感を禁じえない。「温泉なんだから天然に決まってるでしょ!」というのが、ワタシの言い分。だから、そんな看板見かけると、思わず知らずと胡散臭さを覚えてしまう。
 大地の奥から激しく噴出する源泉を見て、「天然温泉」なんて言葉は間違っても出てきやしないでしょ? おぅおぅ、このお湯を頂くのだなと、喉のひとつもゴクリと鳴らす。
 一方、なんとか1号・2号なんぞとなっている、泉質の異なる何本かのお湯を混合泉として湯船に供給してるお宿もあるからね。しかし、成分分析は泉源単位。湯船における、化学変化を経たお湯の成分分析については、何ら説明がない。効能や禁忌をどのように誰が決めているのか知りたいものだ。
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