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ケンブリッジスパイ

2003 英国BBC 60分x4回 AXNミステリー 監督 ティム・ファイウェル

前にも何回か触れたが、英国のスパイの話である。
なかでも「ケンブリッジスパイ」は英国でも、映像や書籍に繰返し取上げられている。そもそもスパイとは情報収集が専門であり、特に戦時には重要で、名門イートン・ケンブリッジを経てその道に進むのはよくあることで、日本と違って英国での地位は高い。

容姿端麗、頭脳明晰、名家の出で将来の地位を約束されていた彼らだが、英国史上最悪の二重スパイとして国を裏切るに至ったわけは何だろう。それを様々な角度から解明している。

主役は次の4人
ガイ・バージェス(1911-1963)
アンソニー・ブラント(1907-1983)
キム・フィルビー(1912-1988)
ドナルド・マクリーン(1913-1988)

ドラマは1934年のケンブリッジ、ナチスに侵されたウィーン、内乱のスペイン、独侵攻の1940年パリ、1951ののワシントン、などを舞台に展開する。

彼らはエリートとして、生まれながらに国を担うというプライドと責任感があった。1930年代大恐慌後の不況に苦しむ貧しい人々を救いたい、当時世界を脅かしていたドイツやスペインのファシズムと対抗できるのは、ソ連の共産主義しかないと思い込んだ。

王室をはじめとしてBBCや外務省、MI5(保安局)やMI6(秘密情報局)など、国の中枢に入り込んで集めた情報をソ連に流していた。

ガイ・バージェスは「アナザー・カントリー」「諜報員ブルント」でも登場するが、毎回まるで違った俳優が演じている。もともと複雑で理解し難い人物なのだろう。今回演じるトム・ホランダーは小柄で肥満気味、ニンニクをはじめとして常に酒や食物を口にしている。芝居っ気たっぷりなのはいつも同じだ。ガイはスパイになるため右翼を演じ始めてから、愛するジュリアン・ベルとあえて敵対しているうちに死に別れるのは気の毒だ。

キム・フィルビーに扮するトビー・スティーヴンは、マギー・スミスの息子で、繊細で美しい目鼻立ちと演技力が母親を彷彿とさせる。このドラマでは一番ドラマティックな役割を演じ、女にもてる。はじめは感激に震えながら入った道で、現実の政治に翻弄されて、シニックになっていくキム・フィルビー。なかでも最初の妻と別れるシーンがかなしい。

アンソニー・ブラントを演じるサミュエル・ウェストは「私が愛した大統領」でジョージ6世に扮したこともある。そのジョージ6世や王妃と会話し酒を飲む彼はおっとりとした育ちの良さを表すのには向いた挙措と容貌を持っている。

ドナルド・マクリーン(演じるのはルパート・ペンリー・ジョーンズ)は長身金髪、堂々たる風采であるがよく言うと繊細、悪く言うと気が小さく、女性の誘惑に弱く、嫉妬深く、秘密を守れず、スパイとしても人間としてもまったく頼りにならず、4人のうちでは最低の人物に見えるが、ソ連亡命後は一番よく適応したというのも皮肉である。ただ彼のふと見せる寄る辺ない孤児のような表情が印象的。彼はほかのドラマでも幅広く活躍している。

4人は私の父母とほぼ同世代である。1930年代(昭和初期)の日本でも共産主義が流行したが、日本では官憲と家族や世間の抑圧が強く、圧殺されるというより、本人たちが自主的に退散してしまった。イギリスは個人の生き方を重んじ、一方で体制の懐が深かったし、名門校の出身者は連帯感が強く、同窓生というだけで信じるという特殊な事情があった。また個人が、己の思想信条に命をかける。その徹底ぶりはあっぱれである。彼らの国内での人気もそこにあるかもしれない。

アンソニーとガイは同性愛者であり、ドナルドは両性愛、キムは異性愛者である。彼らの周辺を含む相関図は華麗であり、彼らが品よく愛を交わす場面がここかしこに挿入されていて、見どころである。

ただし女性たちは、当時すでに社会的に活躍する数が多いのは驚くほどだが、恋人や妻としては、容貌・知性・品格の点で、一段と見劣りがするのは、「美しい男たち」の引立役にあえてそんな人選をしたのだろうか。尤も、王妃を演じたイメルダ・スタウントンは喜劇的でよかった。

第4話の最後に、アンソニーが母校ケンブリッジを訪ね、緑豊かな学内を歩く。ケムズ川の橋に差し掛かると全裸で川に飛び込む3人の仲間(第1話)をありありと思い出す。そこに年老いた生徒監が通りかかる。「アンソニーさん、3人のお友達はどうしていますか」という生徒監に「もう会っていません」が、生徒監の後ろ姿を追うように「彼らは立派な仕事をしました」という。ここらあたりが、この4時間ドラマの結論と言ってよいだろうか。

4人の主要人物の外にも、スペイン戦線で夭折したジュリアン・ベル(1908-1937)は、顔立ちといい、姿といい、動作といい、その短い生涯といい、美しさが際立っている……。(演じるのはパトリック・ケネディ)これは儲け役かも。彼はヴァージニア・ウルフの甥で、ガイやアンソニーとともに学内最高の秘密グループ「使徒会」に属していて、アンソニーとは恋仲で、ガイにとって永遠の片思いの対象だ。「まぶしいほど美しい、燃え尽きそうでこわい」と、ガイは遠くからあこがれつつ語るのだが、やがてあえて敵対的立場をとり、愛想をつかされ、別れたっきりジュリアンの訃報に打ちのめされるのが痛ましい。

ほかに暗号解読班のケアンクロス(彼を加えてケンブリッジ・ファイヴともいわれる)はIT関係者が今もそうであるように、むさ苦しいなりである。ガイの愛人ジャック・ヒューイット、MI5の上官のガイ・リデル、のちのCIAを築く研修生ジェイムズ・ジーザス・アングルトン、ソ連との連絡係オットーが、美しい公園で4人の若者と1対1で逢うが、口数少なくも自然と現れる見識、元神父だというだけに表情から慈愛を感じさせ、イギリス紳士らしい服装や体つきなどに感心していると、ソ連の体制ゆえに悲劇の最後をとげてしまう・・・など、わき役も記憶に残る人が多く、役者の層の厚さがうかがえる。

まるでこのドラマの中毒になったようで、10月中何回繰り返して見ただろうか、「寝てはケンブリッジ、醒めてはスパイ」の至福の日々も、終わってしまった。


→「諜報員ブルント」12-10-1
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« 今井正 四作  »
 
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