goo

私の頭


私の頭は三姉妹の中でも兄や弟と比べても大きい。頭が小さいほどカッコいいとみなす風潮は現代のみならず昔からあり、したがって自分としてはあまりうれしくはない。が、人間の脳は胎内で育ち、長くいるほど大きくなるのだとか。私も10月に生まれる予定が、よほど胎内が居心地良かったのか、それとも敵機が飛來する殺伐たる世の中に出て来たくなかったのか、いつまでもぐずぐずしていて、産婆さんが呼ばれたものの、待ちきれず二度も帰って行ったのだそうだ。その間に、病床にあった父方の母が、63歳だったが、亡くなってしまった。それで12月初旬に生まれた私は、「OOOさん(祖母)の生まれ変わりだ」といわれた。顔立ちも、この祖母(と父)によく似ていた。祖母が生きていたら、きっと可愛がってくれたかもしれないし、宮崎にずっと暮らして、父の姉や従兄弟たちに交じって、私はもっとおっとりと育ったかも知れない。がしかし、母のヒステリーは高じて、夫婦仲がもっと険悪になったかもしれない。宮崎と鹿児島、二つのふるさとを持ったことは、私の世界を豊かにしてもくれたし、母との尖鋭な対立は、私の闘志を燃え立たせ、文章を書く意欲を掻き立ててくれたことは確かだ。このブログを始めたのも、続けたのも、母という存在の力は大きかった筈だ。2013年4月に母が死んでから、心身ともにまるで平和に満ち足りて、文章を書かなくても生きていけるようになったことから判断すれば。

⇒「母と娘」15-9-2
コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
« 渥美清、それ誰? 映画「10番街... »
 
コメント
 
 
 
Unknown (桃すけ)
2017-01-03 15:37:55
あけましておめでとうございます。あれっ、なんか変よね。文章を書こうと思ってまとまらないし、あなたのブログをみていたところです。文章を書き始める動機はお母さまとの関係だったのですか。母親との対立というのはよくあることのようですが、私自身はまったくそれがないんですね。感受性の問題かしら。森瑤子も母親との対立を何度も書いていますね。カウンセラーも受けたそうですから。私の文章がどこか情緒過多で、ふあーっとして芯がないのはそういうところなのかなあ。母は私たち3姉妹とは足元にも及ばない美人だというのは、叔父
の言葉で、「うんそうやなあ」と思い、わがままだけれど正義感の強い母のことを大好きだったもので、批判的にみたことはないんですね。べたべたと可愛がってくれたわけでもないし、父より怖かったのよ。本音人間でね。若いころのこと、もっと聞いておけばよかったと今では思っています。
 
 
 
Unknown (Bianca)
2017-01-03 17:59:33
桃すけ様 新年おめでとうございます。
家はそれぞれ独特の法律と風土を持ち、子供は自分の家しか知らないので、人生そんなものだと思っている。そして成人してからよその両親について聞いて、びっくりするのよね。うちは私が父と外見も感受性も似ていて、言い合いになるといつも父私連合になり母は私に父を取られたかのように感じていたのでしょうか。まあ、姑の生まれ変わりなんて娘に、好感が持てるはずありませんよね。私は父に関しては、フアーっとした思いしかないのですよ。ちょうどあなたがお母様に感じるように。一方、思想や知識の面では母と共通点が多いです。
 
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。
 
この記事のトラックバック Ping-URL
 
 
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。