わたしのちいさなたからもの

2009年11月公開の劇場アニメ「マイマイ新子と千年の魔法」を追いかけて

ひづる先生の手紙

2012-09-28 20:53:50 | 感想・つれづれ

大森キネカでの「マイマイ」「ももへの手紙」の2本立ては、 どうしても時間が取れずに「マイマイ」の後一度抜け出して
最終上映後のティーチインの時間にまた戻る、という慌ただしい鑑賞をする羽目になった。
(結局、今回の「もも」は観ずじまい)

だけどなぜかこういう負荷の掛かった時には、不思議と それまで見えていなかった部分に感じるものがあったりするもので、
 
この日は中盤~後半大人それぞれの事情と切なさが妙に沁みて泣けた。

子どもは変わって(成長して)いけるけど、 大人には自分が変わらずに守っていかなくてはならないものが多過ぎる。
その変わらなさが子どもを傷つけ、幻滅させ、それまでの大人の立場を揺るがせてしまう。
子どもが叩きつける三行半を黙って飲み込み、 以前と同じように守るべきものを守っていかなくてはならない大人の苦さ。


「貴伊子にグリコの扇風機あげる約束しちょったんじゃあ。行ってきてもええ?」


「明日にしたら?」

「へでも、約束したし…行ってくる」



(多分初めての)嘘をついて始まる新子の反抗に気付きながら見送るしかなかった小太郎は、
あの時点で自分の役割・新子に対する立場が変わったのを悟れたから、 静かに《舞台》を下りて晴れ晴れと旅立てた。



小太郎だけでなく、ひづる先生にも、バー・カリフォルニアの人々にも守るべき立場がある。

噛みついて来る子どもには脅すことも厭わず居丈高に立ち向かい、
さらしたくない自分は必死に隠し、取り繕う。

毎回観る度息を飲んでしまうひづる先生が引き出しを開けるシーン、
なぜ、出すあてのない手紙を入れておくのがあの場所なのか

長いこと謎だったその理由が、不意に見えてきた。



あんな手紙が、自分の家・自分の部屋にあったらたまらない。


学校という人目のある場所に(目立たないように)置いておけば、取り乱さずに向かい合える。
子どもたちと会話を交わす陰で自分の葛藤を吐き出し、
淡々と焼却炉にそれまでの鬱屈を葬り去り、新しい場所へ旅立つ。

( ここが《 学校を辞めて、東京へ行き結婚する 》伏線だったと、周回遅れでいまさら気づいた。 )

子どもたちに慕われる、手紙に書かれた文字のように几帳面な優しい先生であり、
叶わない思いを抱えながら次のステージを探す一人の激しい女性でもあり。

こうして、清楚でいながら翳りを匂わせるひづる先生の複雑な内面が浮かび上がってくる。




 ( ひづる先生のカラー画像が見つからなかった;;声を演じた脇田アナの写真はたくさん出てくるのに… ) 

 

 

《 海外版ブルーレイDiskから、解読した(↓)の手紙 》 

 

あなたが私以外の誰かと過ごしている時に、
あなたが私のことを忘れていても、
あなたが何をしていても、私は気にはいたしません。
只 あなたが私と一緒にいる時には、私のことだけを思っていて欲しい。
そんな風に思うのは私のわがままなのでしょう。
二人で一緒にいる時間はあなたにとっては一瞬でも、
私にとっては永遠のように幸せな時間なのです。
だからどうぞ、私といっしょにいる時は他の誰かを決して思い出さないで。
そしてあなたが一人でいる時間、たまには私のことを思い出してください。


 …なんて情熱的で、切ない。これを「不倫」と括るのは、ためらわれます…

大きい画像はこちら。クリックすると(↑)大きな画面が開きます。

 

( 転載協力:キサさん )

 

 

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