わたしのちいさなたからもの

2009年11月公開の劇場アニメ「マイマイ新子と千年の魔法」を追いかけて

月だけが、見ている。 ~佐波川お花見顛末余禄~ 

2012-08-06 01:11:32 | 故郷のよすが

 

その日(4/7)午前中に見た、大平山展望台からの眺め。

海近くまで連なるいわきの山を見慣れた目には、山からすぐ開ける防府の平野は、「狭い」というより「小さい」。

平野から、なだらかに海に溶け込む防潮林・防潮堤のない海岸線が、いっそう穏やかで優しく

本当に《 箱庭 》のように可愛らしく見えます。

 

展望台の反対側=海側に点々と浮かぶ穏やかな小島を眺めながらあれこれ語らい、 

目を転じてから不意に耳に飛び込んできたつぶやき。

 

「ああ、あんなにくっきり。まだ残っているんだなぁ・・・」

 

山肌に刻まれた茶色い土石流の痕。

霊園に向かったその土石流は、

墓石をなぎ倒し、埋葬された遺骨まで流してしまったと言う

2009年夏の大水害の爪痕。(↓)

                                   (←)クリックすると大きな画像が開きます。

                                       (←)トリミングしました。

 

見渡す山並みへ目をこらすと、あちこちの山肌に引っ掻いたような《筋、痕》が見える。

 

「被害のなかった山は、ないですよ」

 

崩れやすい山の地質、 そこからの堆積物が川底を押し上げる《 天井河 》の氾濫と

防府に住む人たちとのせめぎ合いは、

中世以降に始まり、現代に至っても 続いている。

 

 翌日に行った阿弥陀寺の石段の参道脇にも、

流され枯れた植物がうっそうと積み重なりながら激しい濁流の痕を留め、一部には大きな土嚢がいくつも積まれていた。

花見会場へ行く前・大平山から降りてから回った際に阿弥陀寺にも水害の被害があったと聞いていたものの、

ここまでひどいとは思っていなかった。今度の夏が来れば、3年も経つというのに。 

写真を撮ろうなんていう気持ちには、到底なれなかった。

  

老人施設に土砂が流れ込んで犠牲者を出したという当時の報道は、覚えている。

 その頃の私には、防府は本当に遠い場所の、その時初めて聞く地名に過ぎなかった。

遠過ぎて、覚えていなかった。

マイマイの舞台になっていると知っても、昨年春・震災後の探検隊の折に水害の話を聞くまで

あの報道のことを思い出せなかった(…要は、忘れていた)。

 

お恥ずかしいほどに、《  「遠い」・距離がある=無関心 》 の他人事だった。

 

 

「なぜ、そんな所に住んでいるの?

(=出て《 避難して 》しまえばいいじゃないの、そんな所)」


 「残っているあなた方は、間違っている」

 

震災以降、《 福島の・東北の外 》からどれだけこれと同じ内容~意味の言葉がそこかしこに溢れたか。

1年以上過ぎた今でさえ、《 善意 》のふりをして湧き上がるように飛んで来ては

被災地住民の心を追い立ててはざわつかせ、かき乱す。

 

でも、言われるまで水害の報道を忘れていた自分だって、同じようなものだ。

私が知っているいわきの海辺の町並みが来ると思ったこともなかった津波に消え、未だに処分されない瓦礫が残されている。

震災当時の報道には上らず、ネットにUPされた画像でしか見られなかったその光景を

私は(行動としても、気持ちとしても)今も直視出来ずにいる。

 

 自分がコントロールしている{ (出来ている)と思い込んでいる }外側からいうのは、いかにも容易い。

所詮、他人事だから(無責任にも)言い放てる。

でも、言う方・言われる方、いつ立場が入れ替わるかわからない。 

震災がれきのある光景は、自分の住む町に( いつか来る )明日の風景 なのに。

  

仮住まいの、舞台のごとくただ乗っているように・漂うように住んでいるだけの場所なら、

自分の思い~誰かの指図ひとつで出て行くとしても、心は痛まない。  

 

今いる場所を、自らの望みでなく、去る。 去れ、と追い立てられる。

そこは、《 収容所 》でも《 真空地帯 》でも、増して《 聖域 》でもない。

 ルーツ(根、出自、本貫、所縁)と愛着が確かに存在し、

今までもこれからも続いてきた(続くはず)の場所だ。

 

マイマイのスクリーンを見る私たちの前には、昭和30年の防府の風景が広がり、

昭和30年に生きる新子たちが思い描く1000年前には、

まだ見ぬ《 一緒に遊ぶ、ともだち 》に思いを馳せる諾子がいる。

 1000年前の諾子たちの前には、流れ星を追いかけて来たたたら吹きの古い炉が残り、

新子たちの前には、諾子たちの出入りしていた国衙の遺跡が待ち構えている。

 

それぞれに立つ《 今日(現在) 》 は、

それぞれが見ている《 昨日(過去~歴史) 》と地続きの《 明日(未来) 》。

 《 過去(昨日) 》から《 今日 》を見渡す目を持って、今日いる《 今(現在) 》に立つ時、

《 明日(未来) 》が見えて来ないだろうか。

 

たたら吹きたちを導いた七つの星々の光は、はるか時を越えて地上に降り注ぐ。

何光年も彼方から届いて人の目の中に映るその輝きは、

地上の今《 今日 》と、天空の昨日《 過去 》を結んでいる

 

過去から届く光は、

かつて賑わった町並みも・災害に傷ついた自然も・寂びれていく通りも 、何かも知っている。

知っていながら、どんな場所にも同じように届いて照らす。

 

 

月が、あの春の日の防府で夜空を見上げる私を見ていた。

地上のどこにも等しく注ぐ光と、空からの眼差し。

  私を見下ろした月は、同じ光で夜の静けさごとどこかも照らしている。

  

 《  誰かが、福島で同じあの月を見上げているかもしれない。 》

 

一瞬、淋しさの後を過ぎったのは月の光が運んだ昨日の、あるいは明日、その夜のどこかの風景だったのか。

 桜が散り、つつじも終わって卯の花も緑に覆われるまでかかってたどれたのは、こんな程度だけれど

あの日、月に見られながら歩いた路地の暗さと見上げた月の明るさは今でもありありと思い出せる。

 

 

 

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 卯の花くたし~花めぐり、花... | トップ | お色直し »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。