美しい京都の旅

美しい京都を文学・歴史とともに旅をする

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うまいもの食べ歩き

2017-02-12 08:39:59 | 京都
私は前後12、3年ほど、京都に住んでいた。したがって一般の旅行者よりも、京都の裏に通じているつもりである。
それだけに、京都のうまいものを紹介しろといわれると、困る。たしかに京都には、日本一うまいものがある。しかし、それに有りつくことは、なかなか難しいのである。
たとえば日本料理の粋といわれる〝辻留〟の料理を賞味しようとするには、次のような手続きを要する。
〝辻留〟の料理は茶懐石である。茶会の茶席に出張して供する料理である。したがって、誰かの茶会に招かれなければ、それを賞味することは出来ない。
あるいは、知り合いの茶室を借りるなり、お寺さんの一室を借りるなりして、自分が亭主となって茶会を催す。辻留の主人と、その茶会の趣きがどういうものかを、とっくりと相談して献立を考えてもらう。こうなると、最短1ヶ月くらいの余裕がなければ出来得ることではない。
〝辻留〟は裏千家御用、それに対して〝柿伝〟は表千家、その他、官休庵だなんだと、いろいろ流派があって、京都の料理の粋に接するには、並大抵のことではないのである。まったく「ややこし、おすなア」である。
ところが西銀座の〝辻留〟の店へ行けば、ぼたんはもの梅肉和などという辻留ならではのものが手取り早く味えるのだから、京都の料理は銀座でどうぞ!ということになる。
要するに京都の料理の真髄は、お寺を中心にした精進料理、禅を上台にした茶懐石、そして一般家庭の〝おまわり〟(そうざい)と祭その他の年中行事における御馳走しかないのであって、駈け足の旅行者には得難いものなのである。
茶懐石は別として、南禅寺の〝瓢亭〟、すっぽんの〝大市〟、ちと様子は違うが祇園のしゃぶしゃぶの〝十二段家〟などという京都独得の店があるが、これが一現では駄目なのである。
つまリフリの客はお断りである。「すンまへんなア。あいにくと、お部屋がおまへんよってにイ」と来る。その店の行きつけの人に連れて行ってもらうか、電話をかけてもらうか、もしくは一流の旅館から紹介してもらうしかない。ところが、その一流の旅館がまた、一現では駄目なのである。
京都というところは、長年の信用を基にして商取引が成立っているのであって、一旦信用を得たらトコトン信用するが、そのかわり、新顔は極端に警戒するという風習がある。おもうに応仁の乱以来の生活の知恵だろう。
さて、そこで駈け足の旅行者向きの店を紹介しよう。それより、まず宿屋の利用の方法である。京都には修学旅行用、あるいは参詣客用の団体向きの宿が多いが(三条大橋附近、五条大橋附近)、これは言語道断である。
小ぢんまりした家庭的サービスをする宿も少なくない。そういう宿は、朝食だけ自家で作り、昼と夜は他所から取り寄せるという形をとっているところもある。
そのような宿だったら、お内儀さんとよく相談して、昼は、さばずしで有名な〝いづう〟から、ばらずしを取ってもらうといい。五日ずしだが、いかにも京都らしい味わいがある。ただし、関西でゴモクは禁句である。塵芥、ゴミを意味するからである。
晩は、うなぎのほうらく蒸しか、かぶら蒸し、または上七軒の〝鳥政〟の鳥肉を取り寄せる。〝鳥政〟の鳥肉は逸品である。鳥屋だから店では食わさない。鳥のすき身と、たたきが竹の皮に包まれている。脂身は合鴨である。
熱くした鉄鍋にその脂をとかし、よくほぐした玉子の中にすき身を入れて、ジュッと鍋で焼く。玉子はたちまち固まって層を作るので、とりの滋味が逃げない。それを、おろし醤油で食べるのである。
たたきには玉子をつけない。肉と臓物がまじり合い、細かく叩かれた骨が程よく入っている。これも、うまい。
京都中の鳥肉で、この〝鳥政〟にかなうものはない。冬なら、土産に持って帰ることもできる。これは宿屋か家庭でしか食えないものである。
ことのついでに、鳥鍋屋を紹介するが、木屋町四条を下がった〝鳥弥三〟がうまい。水たきと鳥なべがあるが、京都まで来て、水たきを食うことはない。〝鳥政〟と〝鳥弥三〟は、鳥の名所、名古屋におとらぬ味をもっている。
京都らしい料理といえば、いまも書いたように、簡単にゆかぬが、手軽にその片鱗をうかがえる店も何軒かある。
「普茶料理」。いわゆる精進料理である。本来ならお寺で供するか、または仕出しを取るかであるが、宇治の黄檗山万福寺の門前の〝白雲庵〟では、いつでも食べられる。嵯峨の〝天竜寺〟でも、常時供しているが、これは予約しておいたほうがいい。お寺といえども酒はある。般若湯といえば持って来てくれる。泡般若といえばビールが来る。
「湯どうふ」。ちかごろ京都の湯どうふが全国的に有名になった。南禅寺近くの〝奥丹〟、嵯峨の〝西山艸堂〟などが知られている。嵯峨に〝森嘉〟という豆腐屋がある。そこの豆腐が日本一うまいのだ。この豆腐を宿で買ってもらって、〝樽源〟の湯どうふ桶などで暖めながら、おこたでチビチビやったほうが、味が舌になじむ。〝森嘉〟には、辛子どうふというのがあり、また、ひりょうず(がんもどき)がある。
大徳寺の門前に〝立木〟という豆腐屋があり、この厚揚(なまあげ)と、つとどうふがいい。黄檗山の前に、〝とうふ羮〟という移入当時の原形のごとき豆腐があり、いずれも時間をかけて、ゆっくりと煮ふくめると、実に、うまい。京ならではの味である。
「うどん・そば」。京都は、うどんのうまいところであった。あったというのは過去形で、いまは、日を追うて、まずくなりつつある。
京都のうどんのうまさは汁にある。色もうすく味も淡白で、うどんの味を十分に引き立てる。だから、うどんを賞味しようとするなら、きつねとか、しっぼく(おかめ)でなく、すうどん(うどんかけ)にかぎるといわれていた。ところが、その肝心の汁の味が、だんだん濃くなり、いまでは、砂糖の甘い汁を出す店が多くなった。いまや、京都のうどんの伝統は絶えんとしつつある。
その点で、祇園(切通し)の〝権兵衛〟は伝統の味を残している。ここも、種ものよりも、すうどんか、釜揚げうどんを賞味すべきである。
京都のそばは、正直いって、あまりうまくない。だが珍しいそばを紹介しておこう。麹屋町姉小路下ルの〝河道屋晦庵の芳香炉。つまり、そばを寄せ鍋に入れたようなもの。もうひとつは、四条の南座の隣りの〝松葉〟のにしんそば。もとは寒い時季しかなかったが、いまは一年中ある。
「いもぼう」。いもは京都特産のえびいも(里芋の大きいようなもの)、ぼうは、ぼうだらのぼうである。大してうまいものじゃないが、京都の名物だから一度は食っておくべきだろう。それに値も安い。いもとたらの煮たのと、あんかけどうふの汁、五品そろえた梅わんとがそろって、定食になっている。〝平野屋〟という店。場所は円山公園八坂神社裏ちかく。「田楽」。この平野屋へ行く途中、左側に〝二軒茶屋中村楼〟というのがある。昔は腰掛茶屋であったが、いまでもその俤を何処か残している。とうふの本の芽田楽が名物である。大きな料亭だが、店の腰かけで、でんがく弁当が安直に食べられる。
と、ここまで書いたら、みな若い人には不向きなものばかりであることに気がついた。
だが、しょせん京都の名物、京都の食べ物とは、こういうものなのである。私も若い頃、ながらく京都に住んで、軀から油ッ気がなくなるおもいを、ずいぶん経験したものであった。
いまは、京都にも一流のレストラン、中華料理、とんかつ屋など沢山できたが、しかし、わざわざ京都まで行って、そうしたものを食べるべきではないだろう。やはり京都でなくては味わえぬものを求めるのが、旅の楽しみだとおもう。
ところで京都には、若い人好みのものが、ひとつある。それは牛肉だ。京都の牛肉は、うまい。
京都の牛肉は但馬から来る。但馬は食牛の日本一の名所だ。それが京都を通って、近江牛となり、さらに、伊勢の松阪肉となるのだ。京都の牛肉のうまいのも、道理である。
「牛肉」。京都の盛り場、新京極の西裏、三条通りと寺町通りとが交差するあたりに、〝三島亭〟という大きなスキヤキ屋がある。オイル焼もあるが、やはりここでは、スキヤキが本命である。
オイル焼なら木屋町四条下ルの〝かのこ〟がある。いい肉を使っている。夏ならば四条河原の高瀬川の上に床が張り出され、涼風に吹かれながら食う牛肉の味は格別である。ただし京都は風紀取締のやかましいところだから、床の上では、うっかり肌ぬぎはできない。
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