ある「世捨て人」のたわごと

「歌声列車IN房総半島横断鉄道」の夢を見続けている男・・・ 私の残された時間の使い方など

福島空港 - Wikipedia

2016年10月16日 | 旅行

 

 


2016 08 16 福島空港
https://youtu.be/SibYVyFS3SI

 

レッツ チャレンジ!ふくしま 「福島空港に親しもう!」平成28年10月4日放送
https://youtu.be/e0UxRp5dRW8

福島空港 - Wikipedia
http://bit.ly/2dssZdU

福島空港: Fukushima Airport)は、福島県石川郡玉川村須賀川市にまたがって位置する地方管理空港である。 

歴史

12月:「福島県長期総合計画」を策定し、この中で「航空運輸の需要増大に対処し関係施設の設置を検討する」こととされた。

施設概要

  • 標点の位置
福島県石川郡玉川村大字北須釜字懸金沢16番地(北緯:37度13分39秒、東経:140度25分41秒)
  • 標点の標高
372.0m
  • 飛行場の種類
陸上飛行場
  • 着陸帯の等級
B級
  • 就航可能な航空機の種類
ボーイング式747、777、767型、エアバス・インダストリー式A320、ダグラス式DC-10
  • ILSアプローチのカテゴリー
CAT-I
  • 運用時間
11時間30分(8時30分〜20時00分)
  • 制限表面
進入区域の長さ:3,000m
進入表面の勾配:50分の1
水平表面の半径:3,500m
転移表面の勾配:7分の1
  • 飛行場の施設
敷地面積:1,807,306m2
着陸帯の長さ:2,620m
着陸帯の幅:300m
滑走路の長さ:2,500m
滑走路の幅:60m
滑走路舗装:アスファルト舗装
滑走路の方位:北緯 2度11分57秒東(真方位)
誘導路の長さ:3,637m(防災ヘリ用89m、訓練用49mを含む)
平行誘導路の幅:30m
中間取付誘導路の幅:34m
末端取付誘導路の幅:32m
誘導路舗装:アスファルト舗装
エプロン面積:47,250m2
エプロン舗装:コンクリート舗装
バース数:6バース(大型ジェット機2、中型ジェット機2、小型ジェット機2)
小型機スポット数:8スポット(うち夜間駐機用4スポット)

就航路線[編集]

 
 

航空会社名が2社以上の場合、最前の航空会社の機材・乗務員で運航する共同運航便

国内線[編集]

航空会社就航地
全日本空輸 (ANA) 新千歳空港大阪国際空港
IBEXエアラインズ (IBX)
・全日本空輸 (ANA)
大阪国際空港

国際線

 

利用状況[編集]

年度別乗降客数
年度乗降客数(人)
国内線国際線合計
1992年度 7,245 3,035 10,280
1993年度 285,338 13,014 298,352
1994年度 445,470 11,161 456,631
1995年度 579,619 12,039 591,658
1996年度 643,725 8,390 652,115
1997年度 677,299 8,736 686,035
1998年度 689,168 8,521 697,689
1999年度 706,718 50,907 757,625
2000年度 611,754 88,361 700,115
2001年度 573,120 87,632 660,752
2002年度 516,576 70,319 586,895
2003年度 519,293 42,119 561,412
2004年度 502,032 63,087 565,119
2005年度 473,000 72,865 545,865
2006年度 439,683 89,947 529,630
2007年度 417,287 99,016 516,303
2008年度 353,439 74,330 427,769
2009年度 226,842 56,172 283,014
2010年度 224,125 62,250 286,375
2011年度 207,971 1,724 209,695
2012年度 227,882 5,810 233,692
2013年度 239,722 4,046 243,768
2014年度 248,101 6,098 254,199
  •   国内線
  •   国際線

開港当初の1993年度、30万人弱であった利用者は順調に伸び、過去最高となる1999年度には75万人を超えた。しかし、これ以降減少に転じ、2009年の日本航空撤退、2011年の国際線運休に伴って乗降客は大幅に減り、現在に至る。

国内線

国内線においては、日本航空グループが2009年1月限りで撤退[1]するなど、厳しい状況が続く。

日本航空グループ

 

最大で7路線を運航していた日本航空グループは、他社競合やローカル空港間輸送の低迷による利用率減少により廃止が相次ぎ、2009年1月31日をもって全面撤退した[1]

  • 帯広空港便 - 日本航空が1995年7月より夏期季節運航で開設。2000年9月をもって運休。
  • 新千歳空港便 - 日本航空が1998年5月より夏期季節運航で開設。2001年4月よりジェイエアに移管、通年運航に変更されたが、機材導入初期で機材数に余裕が無かったため、運航乗員訓練のため冬期運休となるなど機材不足の際は運休対象となることが多かった。2002年9月をもって運休。
  • 広島西飛行場便 - ジェイエアが2001年4月より開設。2002年3月をもって運休。
  • 福岡空港便 - ジェイエアが2001年4月より開設。2002年3月をもって運休。
  • 大阪国際空港便 - 開港と同時に3往復就航。後に2往復に減便されるも、2002年4月よりジェイエア便が開設されグループとして再度3往復となった。2005年4月より日本航空便の1往復が関西国際空港便に変更され2往復となる。ジェイエア便は2007年3月をもって運休となったが、同年5月より日本エアコミューター便が開設され再々度2往復となった、2008年3月をもって日本エアコミューター便の運休により1往復となった。2007年度の利用率は57.4%。2008年8月7日に廃止届が提出され、2009年1月限りで廃止された。
  • 関西国際空港便 - 2005年に大阪国際空港発着枠関連により1往復を振り替える形にて開設。2007年度の利用率は46.2%。2008年8月7日に廃止届が提出され、2009年1月限りで廃止された。
  • 那覇空港便 - 2008年度の搭乗率は71.7%で、修学旅行期には臨時便も運航された。搭乗率60%以上であれば採算が取れると言われる航空路線では悪くない数字であるが、燃料費高騰に加え、観光ツアー客の単価が低く、採算を取るには厳しい状況だったと同社は説明している。2008年7月31日に廃止届が提出され、2009年1月限りで廃止された。2013年10月11日、同社は、同路線を再開する方向で検討に入った。

全日本空輸グループ

 
 
 

全日本空輸グループは、グループに入る前の中日本エアラインサービス(現エアーセントラル)、コードシェア運航をするアイベックスエアラインズを含めて最大で5路線運航していた。現在は2路線を運航する。

  • 函館空港便 - 中日本エアラインサービスが1995年より夏期季節運航で開設。2001年をもって運休。
  • 中部国際空港便 - 全日本空輸が2005年2月より開設。2007年11月をもって運休。愛・地球博終了を境に利用率が低下。2006年度で休止予定であったが、自治体等の要望を受け、2006年11月から2007年10月までの搭乗率が60%に達しない場合、2008年度以降は休止するという条件付き継続となった。2006年度の搭乗率は32.7%。2006年11月から半年間の搭乗率はさらに30.4%となり、条件達成が不可能となった2007年5月に、同年11月限りでの廃止を届け出た。
  • 福岡空港便 - エアーニッポンが1994年10月より開設。2004年4月に全日本空輸便化。2006年3月をもって運休。
  • 大阪国際空港便 - 2004年10月1日にフェアリンク(現アイベックスエアラインズ)が2往復で開設。2006年10月より全日本空輸とコードシェアを開始し3往復に増便された。2009年1月に2往復の増便が発表され、同年4月より5往復、2012年6月1日より4往復、2014年3月30日より2往復の運航となった。2013年度の搭乗率は70.5%。2012年6月1日から、全日本空輸も1往復で開設、2014年3月30日より2往復に増便された[5]。同便は到着した機材がそのまま折り返す単純往復となっていたが、2015年3月29日から1往復がナイトステイとなった。
  • 新千歳空港便 - 全日本空輸が開港時に開設、2009年11月1日以降は北海道国際航空(現 AIRDO)との共同運航で1日2往復を運航していたが、2015年3月29日から、全日本空輸の単独運航に変更、1日1往復に減便された。これ以降、同便はナイトステイを行っている。2013年度の利用率は54.1%。

福島県内を出発地として航空機を利用した移動において、福島空港が出発空港として選択された割合は3割程度に過ぎず、潜在的な需要はあると言われている。また、撤退した路線の搭乗率低下については、使い勝手の悪いダイヤを指摘する声もある[6]

国際線

 

2011年3月11日の東日本大震災発生以降、定期便は全て運休している。2011年11月現在、国際線の利用者は、昨年同期と比較して99%減と、大幅に落ち込んでいる。

  • 仁川国際空港便 - 1999年6月開設。
    仁川国際空港便は、週3便で開設されて以来好調に推移し、2005年9月には週5便に増便された。利用率70%程度と好調なものの、1旅客あたりの単価が低く収益が悪いことから、2006年9月に再び週3便に減便した。
    減便されたものの、特にウォン高の影響による韓国側からの需要が旺盛で、搭乗率は更に上がり約80%となった。アシアナ航空は2008年5月22日より再び週5便に増便したが、韓国からのゴルフ客の利用が好調なため、同年7月1日より8月29日の最需要期の2ヶ月間、1999年の就航以来初めて毎日運航された[7]。その間で83.5%と高い搭乗率を確保していた。
    しかしながら、世界金融危機に端を発した韓国通貨危機の影響で大幅なウォン安になり、韓国からの観光客が激減した影響で2008年12月から急激に搭乗率が悪化、2009年11月の搭乗率は62.4%と低調になり、利用率次第では運休も示唆された。しかし、2010年の搭乗率は前年を上回っていることから、2011年4、5月の2ヶ月間は週5便に増便されることとなっていたが、東日本大震災の影響により、2011年3月19日から運休となっている。2010年12月末の搭乗率は66.0%。
  • 上海浦東国際空港便 - 1999年6月、福島空港初の国際定期便として開設。
    2011年3月17日からの運休を経て、2012年10月27日をもって廃止。
    2003年5〜6月にSARS、2008年5〜6月には四川大地震の影響で数便が運休、2003年には搭乗率が40%台にまで落ち込んだりもしたが、その後は60%台を維持していた。ソウル便の利用者は8割が韓国人であるのに対し、上海便は9割が日本人であり、利用者層は大きく異なっていた。ソウル便同様、2011年3月17日から運休となった。その後も、中国東方航空内で再開に向けて再三にわたり検討が繰り返されていたが断念。2012年10月27日をもって福島支店が閉鎖、路線が廃止された。「福島第一原子力発電所事故の影響に加え、日本政府による尖閣諸島国有化により、日本中国の関係が悪化、集客が期待できない」と、同社は説明している。2010年11月末の搭乗率は60.5%。

周囲の空港

  • 福島市、郡山市、白河市の各都市からは東京・仙台へ東北新幹線を利用すれば1時間〜1時間半程度であり、近隣空港との競争が激しくなっている。福島県の南側では、茨城県小美玉市の航空自衛隊百里飛行場が2010年に「茨城空港」として軍民共用化されたことで競争が激化している。
  • 福島県北部(福島市周辺・浜通り北部)では仙台空港を利用する人が比較的多い。

その他

外部リンク

 

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