亦復一楽

寺社百景

平林寺 ー 野火止の寺

2016-12-24 14:02:04 | 寺院
平林寺を名刹たらしめているのは、開山である石室善玖の名声によるところが多い。「本朝高僧伝」には、「永和元年(1375)檀越、平林寺を武州の巌築(岩槻)に建て玖を延いて開山始祖と為す」とある。石室善玖が建長寺住持を辞し、金龍庵に退居していた時である。
禅宗寺院の伽藍によくみられるように、総門、山門、仏殿が一直線に並ぶ。「江戸名所図会」の挿絵にはこの軸線の左右に塔頭が描かれいる。これら建造物に加え、中門等々は岩槻から移築と伝える。野火止用水の開削が承応四年(1655)であるが、この時、松平信綱は農民や家臣を入植させたが、平林寺移転をもって新田開発の完成としたのであろうか。移築、および平林寺の檀家大河内氏一族、秀綱、信綱の改葬は寛文三年(1663)、輝綱の代になってからで、その時の住持はのちに本山妙心寺の住持ともなった石院祖薀であった。

 

仏殿は、「新編武蔵風土記稿」には「堂内皆甃セリ」とあり、禅宗寺院独特の土間床である。門がみな四半敷であるのに対し、この仏殿のみ布敷である。軸部の意匠は火頭窓と禅宗様であるが、平行垂木、茅葺と和様の雰囲気を合わせ持つ。装飾はなく、東国では臨済禅の厳しさを維持していたことを暗示させる。
    



(注)2016年11月撮影
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