風の谷通信

専業農家からの引退を画策する高齢者。ままならぬ世相を嘆きながらも、政治評論や文化・芸術・民俗などに関心を持っている。

11-104・26回忌とマジソン郡の橋

2016-10-14 18:10:16 | この道の先に

風の谷通信No11-104

 

おととい12日は26回忌。秋が深くなって朝の冷え込みがきつくなった。

きょう、「マジソン郡の橋」を読み終えた。先に一通り読んでから何年経つのだろう。手許の本は1992年印刷の初版本らしい。穏やかながら熱い物語で、読み終えてホッとした。内容は映画で充分に見せられたので覚えていて原文が読めなくてもさほど不便には思わない。

若かったころ、いつの頃か忘れたが、この中西部の平原あたりを走り回っていた。マジソン郡も実在の地名、ミドルリバーも実在の川である。実際に屋根のついた橋をいくつか見たし、写真にも撮った。但し、写真はある時期にすべて廃棄したので手もとには1枚も残っていない。惜しいことをしたなぁ。案内役のアメリカ人が屋根のある橋をぜひ見せてやると言って連れて行ってくれた。この小説の舞台「ローズマンブリッジ」と同じく歳古りていた。思い出が甦る。小説の内容よりも自分の旅の思い出の方が懐かしい。(ローズマンブリッジが実在の名前かどうかは知らない。)

続編には晩年の主人公が描かれている。シアトル近郊の海岸に住み、知り合ったミュージシャンの演奏を聴くために毎週火曜日夜にバーに現れた。その間に、古い愛車で長距離を旅して昔の女性と再会したことやその女性との間に生まれた息子を知らずにいたことや、息子と出逢って話し合ったことや、マジソン郡ではほんの少しの行き違いでフランチェスカと会えなかった(まるで「君の名は」みたいなすれ違い)シーンなどが描かれる。

しかし、結局は若い日の思い出を残し、彼女の写真や思い出のカメラを弁護士経由で彼女に送っておいて、静かに消えていった。彼自身の身元には何一つ残さずに、文字通り消えて行った。彼女は彼女で死に面して、自分の遺骨をローズマンブリッジに散骨してくれるよう子供たちに頼んで逝った。

いい話しです。

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