平安時代の陰陽  (平安時代中心の歴史紹介とポートレイト)

玉響 「勾玉が触合うほのかな響き かぎろひの輝き」
「玉かぎる昨日の夕見しものを今日の朝に恋ふべきものか」 万葉集

上賀茂神社

2008年12月06日 | 奈良・飛鳥時代

 781年光仁天皇は山部王に譲位した。 長岡京の前、平城京の時代のことである。 この年、賀茂神の二社は伊勢神宮に次ぐ神社として扱われた。 784年桓武天皇は長岡京の造営に着手し、藤原小黒麻呂、藤原種継、紀船守、坂上苅田麻呂(田村麻呂の父)を山背国につかわし乙訓郡長岡村に遷都することを決めた。 その直後、紀船守を賀茂大神社につかわし遷都を告げた。 そして年末に賀茂上下二社を従二位に叙し、長岡京内にある松尾と乙訓の二社を従五位に叙している。 賀茂二社は長岡京域ではないし平安京域でもないが、高い神階を与えたのには山背国としての代表的な神として配慮されたからである。 乙訓神社は現在の乙訓寺ではなく、角宮神社ともいわれ、継体天皇の弟国宮のあったところとされる。 そして807年には賀茂社は正一位の神階となった。 まだ都が藤原京であった文武時代・698年に賀茂祭のことが正史にでている。 「賀茂祭の日に衆が会して騎射することを禁ずる」 というから、国家の安全を揺るがしかねない行事と考えたことがわかる。 都が平城京に移ったあとの711年でも、騎射の行事に国司を偵察に行かせている。 このような禁止令は発せられても賀茂祭は盛んにおこなわれ、大伴坂上郎女が平城京からこの祭を見にやってきた記録もある。 また鴨上下大神宮の禰宣であった賀茂県主広友は鴨川の上流で鹿や猪を解体して洗うのは水が汚穢され、神がいやがると卜にでていると申し出たが、禁足地の神山でも動物をとるものが絶えず、884年には狩猟禁止の勅令まででている。 なお、現在、上賀茂神社の神餞には鹿や猪の肉はないという。

 神話でも賀茂は登場する。賀茂建角身命が丹波国の神伊可古夜日女を娶って生ませた子は玉依日子・玉依姫であり、玉依姫が石川の瀬見の小川で遊んでいたときに丹塗矢が流れ落ち、家へ持ち帰ったところ孕んで男子を産んだ。その子が神武天皇である。  これと同じような話が神武記にもでてくる。   賀茂建角身命は記紀の神話体系である天孫降臨にも参加し、神武東征にも参加した。 磐余彦の軍勢が大和に至ろうとして熊野の山中で疲労困憊していたときに高木大神が道案内として遣わしたのが八咫烏である。 磐余彦軍勢が奈良盆地で最後に戦った相手が磯城彦であった。 戦いに勝利した磐余彦は八咫烏に褒美を与えた。 これにより子孫は葛野主殿の県主になり、主殿は宮内庁所轄の役所となった。 賀茂建角身命は倭の葛木山から賀茂をへて山代川(木津川)に沿って葛野川(桂川)と賀茂川の合流点から社地を定めた。 鴨都波神社や高鴨神社がそれである。 戦いに勝って樫原宮で即位したあと皇后を選出することになった。 そのとき磐余彦の親衛隊長である大久米命が神の御子を推挙してきた。 三島溝橛の娘・勢夜陀多良姫である。 この美人が溝端で大便をしていたとき大物主神は丹塗矢に化けて溝を流れくだり姫の富登、つまり陰部を突いた。姫は驚きその矢を持ち帰って床に置いたら麗しい夫になり姫を娶る。 そのときに産んだ子が富登多々良須々岐比売命である。神の御子は磐余彦の皇后となり3人の子を産むが、末子が綏靖天皇である。

 

 平安時代の賀茂神社には賀茂斎院があった。桓武天皇の子である嵯峨天皇のときに皇女を賀茂大神の斎王とする習慣が始まった。嵯峨天皇は賀茂社に皇女の宮仕えを約束して平城上皇との戦いに勝利するように祈願したと伝えられる。嵯峨は兄の平城上皇と政治的に対立し、平城宮を復活させようと藤原仲成・薬子兄妹と組んで起こした薬子の変の前のことである。初代斎王は有智子内親王であった。斎王の儀式は伊勢神宮にも昔からあり、源氏物語の葵の巻では勅令により光源氏が斎王の御行行列に参加した際に、妻・葵の上と六条御息所が車争いをしたことでも描かれている。 ところでこの斎王の始まりは嵯峨天皇の皇女・有智子内親王となっているが、奈良時代に賀茂神社で神事を主宰した鴨県主の当主がかわると一族の中から女性を選んで御阿礼の秘儀(神山から祭神を祭場に迎える神事)にあずからせた。この斎祝子(いつきのはふりこ)こそ斎王の原型であるともいえる。  

    ┏  玉櫛媛(溝橛媛)                
 溝橛耳神 ┣   五十鈴依媛命   渟名底仲媛命┏天豊津媛命
      ┣ 媛蹈鞴五十鈴媛┗━━━━┓ ┣息石耳命┣5孝昭天皇(観松彦香殖稲尊)
      ┃(富登多々良須々岐比売命) ┃ ┣4懿徳天皇(大日本彦耜友尊)┃┃
 天照大神 事代主     ┣ 神八井耳命 ┃ ┣磯城津彦命        ┃大井媛
    ┣  オオクニヌシ      ┃      ┣3安寧天皇(磯城彦玉手看尊)   
      ┣  加夜臣奈留美 ┣ 2綏靖天皇(渟名川耳尊)━┓        ┃
  スサノオノミコト            ┣ 岐須耳命  ┃ ┃      ┃      渟名城津媛
     鵜葺草葺不合命┣ 吾平津媛  ┛糸織姫   ┃
                  ┣1神武天皇(磐余彦)       x
      賀茂建角身命┣五瀬命,稲飯命,三毛入野命    ┃
              ┣玉依姫命┣ 手研耳命        ━┛
              ┣豊玉姫 ┃
              ┣玉依日子┃
        神伊可古夜日女 吾平津姫(日向)

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