平安時代の陰陽  (平安時代中心の歴史紹介とポートレイト)

玉響 「勾玉が触合うほのかな響き かぎろひの輝き」
「玉かぎる昨日の夕見しものを今日の朝に恋ふべきものか」 万葉集

さくら@沖縄 第二尚氏の菩提寺・円覚寺跡

2017年06月15日 | 太平洋戦争

 円覚寺!京都五山の一つに数えられる格式ある寺院である。筆頭はもちろん南禅寺。そもそも五山という制は鎌倉幕府が始めた禅宗寺院の格付けで、後醍醐天皇の建武の新政下では南禅寺と大徳寺を五山の第一位とし、建仁寺、東福寺、建長寺、円覚寺の順位を定めた。南北朝では足利尊氏が後醍醐天皇の冥福を祈るために嵯峨に天竜寺を建立し、足利義満が室町幕府に隣接して相国寺を建立すると五山の制に変化がおこった。南禅寺を五山の上におき、京五山として天竜、相国、建仁、東福、万寿の各寺を位置づけたのである。この京五山に対して鎌倉五山というのがあり、円覚寺は臨済宗円覚寺派の大本山で、鎌倉五山第二位に列せられる。この円覚寺は鎌倉時代後期、北条時宗が中国より無学祖元禅師を招いて創建されたのである。

 そしてここ沖縄首里にある円覚寺も京都・鎌倉と同じく臨済宗の寺院であり、鎌倉の円覚寺を模して建立されたという。第二尚氏の菩提寺として1494年建立以来繁栄し、寺前にある円鑑池では中国からの冊封使を招いて宴が開かれるなど、琉球王朝史の中で極めて繁栄を見せた寺院なのである。第二次大戦では伽藍など国宝の全てが焼失したが、1968年に総門だけが復元されている。

┏尚宣威②1430-1477 
┗尚円王①1415-1476 
  ┣
尚真王③1465-1527  
  ┃ ┃ 琉球王国第二尚氏王統の第3代国王
  ┃ ┗尚清王④1497-1555 
  ┃  ┗尚元王⑤1528-1572 
  ┃     ┗尚永王⑥1559-1589-尚豊王⑧1590-1640 
  ┃       ┗□・・・・・□尚泰王⑲1843-1901(最後の琉球国王、ペリーと琉米修好条約を締結1854年) 

 世添大美御前加那志

復元された円覚寺の総門

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