フィクションのチカラ(中央大学教授・宇佐美毅のブログ)
テレビドラマ・映画・演劇など、フィクション世界への感想や、その他日々考えたことなどを掲載しています。
 



 NHK「連続テレビ小説」(朝ドラ)の今シリーズは『ひよっこ』。まだ始まって1か月を過ぎたばかりですが、近年の「朝ドラ」の中では特に「泣ける作品」になっています。その「泣ける作品」という意味でも、『おしん』(1983~84年)や『すずらん』(1999年)のように、可哀想で泣けるという作品は、過去に多々ありました。この『ひよっこ』は、そういう意味よりも、登場する人物たちの心のやさしさ、あたたかさが、少しずつ見ている者の心の中に沁みてくるようで泣けるのです。

 ネット上でも書き込まれているように、第11回で、主人公の母親。・谷田部美代子(木村佳乃)が消息不明になった夫を捜す場面。警察で「疾走する出稼ぎ者が多い」ということを言われて、次のように訴える場面は、他の誰でもない、「ただ一人」のかけがえない夫を思う気持ちがあふれて胸に迫ってきます。

(警察にて谷田部美代子)
茨城、奥茨城村で生まれて育った、

谷田部実という人間を探してくださいと、お願いしています。
ちゃんと、ちゃんと名前があります。お願いします。

 一方で、第22回で、農家の三男である三男(みつお・泉澤祐希)に対する葛藤する気持ちを打ち明ける角谷きよ(柴田理恵)の言葉などは、上記のような人のあたたかさで泣ける場面です。

 そのように、数々の泣かせる場面がある中で、もっとも「人のあたたかさ」に泣かされたのは、私にとっては第1
2回でした。この回、夫を捜して見つからなかった美代子は、夫がかつて食事したことのある東京の洋食店「すずふり亭」に立ち寄ります。そこで交わされた会話は次のようなものです。

【東京の洋食店・すずふり亭にて】

(牧野鈴子)
お重、まだお預かりしててもよろしいですか。
ご主人、いつか取りにいらっしゃるって。
その時までお預かりしていてもよろしいですか。

(美代子)
はい、お願いいたします。

(鈴子)
承知いたしました。大切にお預かりさせていただきます。

(美代子)
ありがとうございます。

(牧野省吾)
あ! 奥さん、夕ご飯めしあがりました。

(美代子)
え?

(省吾)
何か召し上がりません? うちの料理。

(鈴子)
そうね。
ええ、遠慮なんかなさらずに。

(美代子)
あの、
主人が、いつか家族みんなで、こちらに伺おうって言ってたので、
それまでは、わたし、すみません。


【上野駅で一人ベンチに座る美代子】

(鈴子)
私の勘があたった
お夜食、食べましょう。

(省吾)
これ、店のじゃないからいいでしょう。

(美代子)
でも、どうして?

(鈴子)
せっかくのご縁じゃないですか。
あははは、なんだかたのしい。
おしゃべりしましょう。いろいろと。

(省吾)
話長いですよ。この人。

(鈴子)
もうしつこいねえ、この子は、もう。

 
 美代子の夫がまたいつか立ち寄るかもしれないと思い、そのときのためにあえて美代子の家のお重を預かっていようと申し出るすずふり亭の女主人。そして、疲れ切った美代子のために食事を勧めるすずふり亭の料理人(牧野省吾・女主人の息子)。しかし、夫と家族と一緒にいつか食事に来るからと言って、願をかけるようにして食事を辞退する美代子。これだけでも、それぞれの思いに涙が出そうです。
 しかし、この回はそれでは終わりません。食事もせずに上野の駅で夜明かしをする美代子のために、すずふり亭の女主人と料理人は食事を持ってやってきます。そして、いつか家族一緒にすずふり亭を料理を食べると言って辞退した美代子のために、「これ、お店のじゃないからいいでしょう?」といって別の食べものを用意してきます。美代子の気持ちを最大限に尊重しつつも、見知らぬ土地で空腹のまま夜明かしをする女性のために、それほどの縁があるわけでもないのに、夜明かしにつきあおうとするすずふり亭の親子。

 『ひよっこ』の脚本は、朝ドラでは『ちゅらさん』『おひさま』に続いて異例の3作目になる岡田惠和。彼の脚本の世界については、私の著書『テレビドラマを学問する』(中央大学出版部)の中にもページをさいて論じています。岡田惠和の脚本が持つやさしさとあたたかさは、この『ひよっこ』にも存分に発揮されています。
 これまで数年の朝ドラは、女性の実業家や出版社長など、実在の人物の伝記がもとになっていて、言わば社会的に成功した過去の人物を描いた作品でした。それはそれで前向きで明るい気持ちのいい作品でしたが、そうした成功者のお話にはない、人の心のあたたかさがこの『ひよっこ』には描かれています。今のところの視聴率では、これまでの数作品には及ばないようですが、それを補って余りある素晴らしい世界が展開されていると私は評価しています。


【付記】
最初に書いたように、谷田部美代子の夫・谷田部実は東京に出稼ぎに行ったまま、消息不明となってしまいます。そのために娘のみね子(有村架純)は高校卒業後の進路を変更し、東京へ就職することになりました。これほど実の消息不明が長引くとは、私は思っていませんでした。あれだけ家族思いの実が長期間にわたって家族に連絡をとらないのは、とても不思議です。はじめは、警察に誤認逮捕されているといった理由を考えてみたのですが、これほど長期間連絡できないことはないでしょう。となると、岡田惠和脚本で過去にも使われたことがある「記憶喪失」あたりしか考えられません。本当にそういう理由かどうかはわかりませんが、そんなことにも注目しながら、今後の『ひよっこ』を見続けていきたいと思っています。



※このブログはできるだけ週1回(なるべく土日)の更新を心がけています。


 



コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )


« 4~6月期の... 繊細なフレン... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。
 
この記事のトラックバック Ping-URL
 


ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません
 
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。