***子供部屋のうさぎ***    

幸せは、幸せだなぁって思う心の中に小さく咲く。

■鉄の匂い048■

2017年07月16日 | Weblog
殴られるというのは辛いことだ。
自分が悪くないのに殴られるのは更に痛い。
殴られたくはないが、なにをしてもしなくても相手の気分で殴らるのだから仕方ない。
考えることが無駄な生活は『僕』の感覚をだんだんと鈍らせていった。
抵抗しても迎合しても結果は一緒。
父の意に沿わなければ怒鳴られ、従っても結果が思い通りでなければまた怒鳴られる。
叱られていれば父は機嫌が良く、殴られていれば父は朗らかだった。
小さい頃は、それでも親が子を憎いと思う筈がないと信じ、殴られるのは自分が悪い子だからだと内観した。
むしろ父が望む良い子像を模索したりもした。
その結果、『僕』は他人に逆らえない人間になっていった。
気分で変わる父の躾けに判断の基軸がまだ曖昧だった子供の『僕』は、父が正解という間違った答えを叩きこまれてしまったのだ。
誰かが怒ったら、それは怒らせた奴が悪い。
怒る誰かが正しく怒られる奴が悪いから正しい誰かを怒らせてしまう。
誰かが怒っているのを見ると、条件反射で自分が悪いと思ってしまう。
父が望む良い子とは、言いなりになる従順な子だったから。
だが父が叱るのはストレスを発散する為で、父が殴るのは気を晴らす為だった。
父に嫌われまいと、言いなりになり従順に叱られ殴られる。
表面上は。
しかし自分でも気付かないうちに、腹の中には腐った溶岩の様な憎悪が溜まっていった。
父の暴力が理不尽だと思う歳になってからは、逃れる術としてある魔法を編み出した。
その呪文を手に入れた時は小躍りして喜んだものだった。
これでもうこれまでの苦しみから抜け出せる。
本気でそう思ったものだった。
その呪文とは。
≪今いる自分は自分じゃない自分≫
なんのことやらわからないと思う。
潜り抜けた者だけが共感できる、地獄の釜茹でを涼し気な顏でやり過ごすことができるトランプのジョーカー。
今ここで殴られている自分は自分ではなく。
本当の自分は少し上から俯瞰で殴られている自分を眺めていると思い込むことで。
現状の痛み・苦しみ・悲しみを回避できる。
しかし同時に後遺症で、ものごとに無関心になり人生に興味を失い他人と自分との境が曖昧になってしまった。
世の中の流れが見えなくなり現実の世界が遠い国の物語に思えてしまう。
刺激に無頓着になり、感じない刺激に不安を覚え、無意味に刺激を渇望する。
結果『僕』は凶暴と化した。
回避できた現状の痛み・苦しみ・悲しみを、自らの暴力で発生させることでバランスを取るのだ。
何が痛くて、何が苦しくて、何が悲しいのか。
麻痺と覚醒を両輪に『僕』の暴走が始まった。
ジャンル:
小説
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