考えるための道具箱

Thinking tool box

◎青木淳悟と松浦理英子。

2008-01-14 12:55:13 | ◎読
[1]「書かれたことと書かせたもの-青木淳悟論」(古谷利裕新潮2月号
[2]『犬身』(松浦理英子/朝日新聞社)
[3]「耕論 今、論じることは」(高橋源一郎・渋谷陽一/朝日新聞)

このブログには、(1)と題し、いつか続きを書くと称していながら、そのあと、延々と放置プレイを続けているエントリーがたくさんある。その最たるものが「青木淳悟を考えてみる(1)」だ。『四十日と四十夜のメルヘン』の、とらえどころのないしかし何かすごい変なことを考えているに違いないというインプレッションを、瞬間的にまとめたきわめて本能的で感情的な一文なんだけれど、青木淳悟という、へんちくりんな書き手に言及する論考が少ないこともあって、グーグルではつねに上位を維持させてもらっている。だから、毎日のように「青木淳悟」で訪問していただいている人も多く、そんなアクセスログを見るにつけ申し訳ないなあと心を痛ませていた。
偽日記の古谷利裕の「書かれたことと書かせたもの-青木淳悟論」は、そもそもわかりにくい青木淳悟を解体しているだけあって、けっしてわかりやすい書き方にはなっていないけれど、青木淳悟の書く小説を「何かあるんだろうけれど、それが何か皆目わからない、でもまあ読んでるだけで面白いからいいか」という、謎の追求をあきらめた読み手にとって、うれしくそして蓋然性の高い解釈となっている。
とくに、『いい子は家で』でに所収されている3つの家族小説「いい子は家で」「ふるさと以外のことは知らない」「市街地の家」については、その視座の特定が難しいこともあり、「なんだかちょっと普通じゃない人(かどうかもわからない)の画角で描写されているよね。そこがいいね」で、終わってしまいそうなところを、大胆な仮説を試みていて読み応えがある。たとえば、「いい子は家で」で、主人公・孝裕が女ともだちの家で変体をとげる部分の解釈に排便不全を重ね合わせるところなんかはかなりもっともらしい慧眼。だから、言われてみれば「にむり、にむり」なんて異様な擬音をとることもなるほどと思える。
他人の家で、DBをするとか、逆に食事をいただくことについての違和感というか抵抗感というのは、誰にでもあって、青木はそのことをなんとか表現しようとしているというところまではおぼろげながらわかるのだれど、古谷は、そういった「感覚」が現実の裏側にはりついていて、ひとつのドライブとして物語を駆動させているのだというところまで論をすすめている。青木がそこまでの計算をもって書いたのか、それとも無意識にとり憑かれるままに筆が進んだのかはよくわからないところだけれど、こういった解釈により、ひとつの方向の見通しはずいぶんよくなった。
しかし、そういった古谷の分析をもって、再び青木淳悟の小説群に臨んだところで、またしても、それとは違う解釈への誘惑に駆られる可能性を孕んでいる。これが、青木のテキストの愉しみであり、そもそも小説というものの愉しみといえるかもしれない。

とはいえ、それはやはりリーダビリティを損ねているといわざるをえないところもある。さまざまな形でトラップを埋め込もうと苦慮すると文章はどうしてもリニアでなくなるし、均整のとれていない起伏があちこちに出現してしまうのは当然だ。しかし、最後にやすりをかけたほうがよいのかどうかは迷うところだ。

きっと松浦理英子には、そういったリーダビリティのためのやすりのようなスキルが、デフォルトとして備わっているのだろう。本の山に埋もれてしまいすっかり忘れていた『犬身』が発掘できたので「犬暁」あたりから再び読みはじめたのだけれど、リーダビリティにかけては天下一品だ。犬にも猫にも高い関心はなく、もし一緒に暮らすなら、少しは知恵の働くサルか、それとは逆に鼻くそくらいしか脳のないリスか、と思っているようなぼくにも、その言葉はすらすら頭と身体にはいっていくる、そのためもあって『犬身』は、通俗的ともみえるし、まあ実際に通俗的な話なのだろう。しかし、松浦の場合も、物語を駆動している狂気がしっかり裏側に貼りついているのであって、「絶対になんかあるよなあ」と思われない程度までやすりをしっかりかけて、「書かせたもの」を隠匿しているほうが怖いような気もする。それが本能的に行われているのならなおさらだ。

[3]は、結局はそういった言葉のわかりやすさとわかりにくさに敏捷に気づくことの大切さを論じているわけだが、いま、朝日を中途半端に1面とって話すような話題なのかなとも思う。きっと、紙面の都合で割愛された、与太話のほうに面白い話題があるんだろうなあ。

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1 コメント

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物語を駆動している狂気のみなもと (加陽)
2012-12-05 21:57:29
そんな作家さん、そう滅多にいないと思います。
とにかく、不思議な話が多いですが、
見方を変えると新たなものが見えてくる、
しかしドキッとする視点・・・、
これが出来るのが松浦さんというところでしょうか。

この間発売された『奇貨』は、一言で表すと
濃い・・・です。
こんなスゴイ世界があるとは思わなかったので、
ほかの作品も読んでみたいと思います。
しかし着眼点がすごかったり、問題提起する様な
作品を送り出せる松浦さんですが、
http://www.birthday-energy.co.jp
というサイトで、詳しく解説してるのを見つけました。

「哲学的で常識を軽く飛び越えてしまうような精神性」をお持ちだそうで。
それだけでは済まないみたいで、イロイロ複雑な性格みたいです。
そろそろ量産しつつ、新境地を開いて行ってほしいですね。

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