にゃにが にゃんだか わからないけど

一瞬先さえも見えないのよ
悪戦苦闘の毎日だけど

それでも、ニャンとかがんばらないと


しゃちくんへ

2017年01月25日 | 日記
私の経験が役にたでばと思いまして
私の病歴と治療について


重い生理痛に悩まされ始めたのは
高校生の頃で、でも市販の鎮痛剤で、コントロールすることができていた

20代半ばからに、市販薬が効かなくなり、二度病院に行っている

二ヶ所行ったが、診断は同じで
子宮内膜症と筋腫だった

痛み止の飲み薬しかでなかった
30年位前なので治療らしい治療はなかった

未婚、未出産の女性に治療はできないという、言い回しだった

31歳で結婚した
相変わらず生理痛で苦しむ日々だった

32歳の時、
卵巣嚢腫で卵巣が破裂して緊急入院緊急手術をした

内膜症が卵巣の中に入り込み、そこで生理となっていた
けい血の出口がないので、血が中に溜まり続け、破裂に至った

死ぬのではないかという痛みで
ショック死する場合もあると
後で医師から聞いた

術後、半年間 ホルモン剤で生理をとめる治療をうけた
副作用はなかったが、治療の効果もなく、生理痛はその後、座薬鎮痛剤で、コントロールすることになった

34歳で、妊娠したが、6か月で死産し、出産した

その日のうちに母乳を止める薬を飲まされた

母乳を止めたので、すぐに生理は始まった

6か月 生理が止まっていたのだが、生理痛の辛さは改善されなかった


36歳で息子を出産した
この時heelp症候群を発症した
病院は大学病院だったが、私が初めての患者だったらしく、病名がつくのに時間がかかった

母子の死亡率が高い病気で年間に数例しかでない病気だった

陣痛が来て、病院にいったが
胎児の心拍がとれず、緊急手術となった

息子は未熟児で色々あったが治療を受け、新生児集中治療室ですくすく育った

危なかったのは私の方で、
多臓器機能不全をおこし、悪化していった

腎臓が動かず、浮腫みで出産前より一週間て15キロ体重が増えた

尿がでなかった

肝臓が動かず、黄疸がでた
朝、採血をして、その後
医師がきて、点滴を増やした

一週間後には6本の点滴をぶらさげることになった

この時
医師はあと2、3日で血液の数値が
が戻り内蔵機能が正常にならないと、非常に厳しいと家族に話していた

肝臓に負担をかけないため、母乳を止める薬を飲まされた
抵抗したが、母乳が出ると
大変なことになると
説得された

息子は一滴も母乳を飲んでいない

間も無く私の内蔵機能は回復し、
親子とも無事退院できた

こんな思いは二度としたくない
一人で息子を育てる覚悟をしていた、旦那は二人目を望まず
医師も否定的だった

そのため、子供は一人と決まった

母乳を止めたので、すぐに生理がきた

前回同様、子宮が回復していなかったため、陣痛と大して変わらない激しい生理痛でのたうちまわった

産後の検診は6ヵ月続いた

最後の検診で、私は生理痛の治療を望み、今度は一年はホルモン剤で生理をとめた

しかし治療のかいなく、全く改善されなかった

その後、子育てもあり、
座薬鎮痛剤でやり過ごしてきた

また、卵巣に嚢腫が溜まり、破裂するのではないかという恐怖感があった

息子が幼稚園入園する頃
だんながうつ病になったり、椎間板ヘルニアになって手術したり
再発したり、うつ病が悪化して、無職になったりして

過度のストレスで
42歳 早発性閉経で生理痛から解放された

早発性閉経の反動は厳しく、体重が激増し、おっさんになってしまった


私の場合
ホルモン剤による擬似閉経治療は生理痛、筋腫、内膜症に効果がなかった

20代から30代の間に3人
子供を生んでおくと、
筋腫や内膜症から解放されると

同じ幼稚園のママ友の薬剤師さんにある聞いたことがあるけど
こればかりはどうしようもないねえ

しゃちくん
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2 コメント

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ありがとうございます (しゃちくん)
2017-01-26 12:34:26
まさに命がけの出産だったのですね。
今でも体のあちこちに不調が出てしまうのも産後の危険な状態が影響しているのかも知れません。

私はkちゃんに出産を求めていないし、閉経も近い年齢になっているのだから選択肢は広いと思うのです。
彼女が自分で調べないから、こうしてブログ記事として意見を求めたが今朝、もうこれ以上彼女の個人情報を公開しないで!ってメールがありました。
何もしないで鬱になりたいみたいです。
放っておくしかありませんね。

それでも昨日から頂いたコメントには彼女も非常に助けられているはずです。
しゃちくんへ (があこ)
2017-01-26 20:55:19
亡くなった父の話ですが
六十代で前立腺ガンの腫瘍マーカーでひっかかりました。その後、五年間、3ヶ月ごとに、検査入院していました。
父の気持ちを大して考えず
若いうちに取っちゃいなよ
と、言いました
70歳の時、細胞の中から悪性細胞が見つかり、手術になりました
術後、家族だけで摘出したものを見ながら、医師の説明を受けました
とても私はショックを受けました
前立腺、線のようなものをとるのだと思っていたのですが、違いました
男性の男性らしさを示す部分がかなり切り取られていました

手術をしたがらなかった父の気持ちが、
痛いほど伝わりました

これは見ないとわからなかったと思います

それからは、早い方がいいよ
みたいなことを言うのをやめました

彼女さん
しばらく通院、経過観察でもいいのではないかとも思います
今、困っていることを受け入れて、我慢できる
そういう感じで、過ごしている女性もたくさんいると思います

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