浦西孝浩の活動日記

活動の記録

手話言語条例が地域に何を創るのか。

2016-09-18 20:44:37 | 福祉

パラリンピックで世界の障がい者アスリートの生きる姿を毎朝、目の当たりにしている。
障がいを抱える人にとって、身近に暮らす地域に、様々な課題がある。今日は、その一つ。手話言語条例の研修に参加。

明治から始まった手話は、私たちの言葉。
消滅の危険もあったが、先輩、一般市民の協力で復活。趣味と思われがちだが、私たちの言葉。
北見ろうあ協会会長の言葉

北海道ろうあ連盟 金原常務理事が講演。
「手話言語条例とは何か?」
耳の聴こえない人のコミュニケーションの場所は決まってしまう。いろいろ知識を学ぶ方法が無かった。どんな場所でも手話のできる人がいれば学べる。

◉世界人権宣言「すべての人は生まれながらにして自由であり、かつ尊厳と権利について平等である!」
社会の中で、そのことを知らない、わからない人は大勢いる。落し物を知らせてくれるのに、聴こえないフリをしていると誤解され、イスを揺らさせ不快な思いをしたことがある。

◉障がい者権利条例で、2006年に手話を言語と世界で認められた。手話言語法の制定が道内全市町村の議会で「手話言語法の制定を国に求める意見書」が採択された。北見は2年前に採択。
ろう学校で手話が使われていない。2016年3月3日耳の日に栃木県議会で意見書が採択されて全国全ての県議会で採択された。

石狩市が全国初の手話言語条例が制定されて。市長の学生時代の経験があり、ろうあ者、手話のことを理解してくれたようだ。

◉北見市も全国手話言語市区長会に入っている。
7月21日全国知事フォーラム
東京オリンピック、パラリンピックまでに手話言語法の制定を働きかける。
障がい者基本法の改正(3条)で手話は言語と明記された。が、厚労省からは国民の8割が理解していないの声もあったが大臣が決めた。

◉ろうあ者は見た目では、その障がいがわからなく理解されない。東日本大震災で津波の音がわからず家の中に待機していて障害者の亡くなった方より2割多かったと言われている。
周りの人の手助けが難しい現実。福祉でサポートできる障がいの範疇にない。
コンビニで箸は要りますかと言われてもわからない。新聞を頼んだいないのに、入ってきた。新聞店がわからず連絡せず。ひと月経って新聞代わ請求された。思ったことが伝えられない。相手が手話わかれば。

耳以外の障がいが重複する人がいる。コミュニケーションが難しく孤立する状況に。高齢者でホームに入ってもコミュニケーションが取れず淋しい思いの人も大勢いる。
福祉サービスで解決できない課題。権利として言いたいことを表す術の確立。そのために手話言語条例が必要。

聴覚障がいは危険を察知することができない。例えば後部からな車の接近など。クラクション鳴らされても気づかず。アパートで歩き方がうるさいと言われたり。
人間関係が壊れてしまう。ろうあ者は人付き合いがわからない。

◉手話は命 大切な言語
コミュニケーションが自由にできて、心が元気になれる。言語は権利。
手話は、教育、仕事、家族の現場で 生きていたか?
ろう学校では手話は使わず口授だった。仕事の現場では、昇進する人は少ない現実。周りに手話ができる人がいなく簡単な仕事だけを任されるケースが多い。
ろうあ者の一番の理解者は母親だが、家族の中で手話を理解してくれる人は少ない。話すことのない沈黙。
好きな人ができて結婚したいと思っても反対される。手話は見っともないと家族に思われ家庭でも居場所がないケースも。
福祉サービスで解決できない難しさ。

◉10歳の壁 聾学校だ手話が禁止され、授業は一般校と同じで先生が話して教える。聞こえない子どもは理解できない。小6でも小3の教科書。読み書きレベルは10歳程度。普通高校の入学は前例が無いと断られ、どんなに優秀でも大学には簡単に入れない。
手話を使うだけでジロジロ見られる。差別的な目線が手話わ使いにくくしている。
学校では先生の言葉がわからず本を読んで勉強したが諦めた。会社の飲み会が苦しかった。みんなの話を見ているだけ。

◉北見で聴覚障がい者数は430名。会員数29名。
手話ができる市民100名。コミュニケーションできる市民約250名。手話通訳者は19名。
せめて
北見市手話言語条例をつくり人口の1パーセント。1.200名を手話普及の目標にしてほしい。

楽しくコミュニケーションだきる環境を地域や仕事場など身近につくるために。
道内では石狩市、新得町、鹿追町、名寄市、登別市、帯広市、室蘭市、旭川市の8自治体が手話言語条例を制定している。石狩市では手話の出前講座もある。

◉ヘレンケラー
「目が見えないことは人と物を切り離す。耳が聞こえないことは人と人を切り離す」

社会は聞こえる人も聞こえない人もコミュニケーションをできる環境がなければ社会で生きる対応力が磨かれない。コミュニケーションは人間として「生きる権利」「自己選択につながり権利を主張できる」

◉手話が命
ろう者の多くは「手話が禁止されていた」時代を生きてきた。社会は「手話はみっともない」「人と違うだけで差別と侮辱されてきた」
ろう者にとって手話は「学校」「しょくば」「家族」「地域」どこも理解してくれ場所ではなかった。ろう者にとって手話が生かされる場所は「仲間のいら場所」だけだった。
手話は言語と認められても、社会の中で手話を活かせる場所はまだまだ足りない。

◉兵庫県明石市でろう者が議員に。東京でも筆談議員が誕生。議員になっても困らない制度つくる。筆談ボード使ったバス運転手さわもいる。

◉内閣官房長官の記者会見には手話通訳が必ずついているが、なぜ、テレビには映らないのか?

◉なぜ、手話言語条例が必要か?考えてほしい。

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