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7月15日(土)おうた文学会へ

2017年07月15日 | 公開

  大崎と五反田の間にある大学で、おうた文学会の例会が開かれる。その前に、荊妻と、上野の美術館に書展を観に行く。某学部長を務められたS先生が、立ち番?で詰めていらっしゃった。書展は、現在、一般にもっとも著名な書家の個展であったが、正直、私には、さっぱり分からなかった。文字が可哀そう…という感想を、持ってしまいました。文字を読む稼業に就いているからなのだと思う。

  上野駅構内のレストランで早めの昼食を摂る。そのまま山手線に乗り、荊妻と東京で別れて、大崎へ。

  開始1時間前に招集された某委員会は、埒があかなかった。例会が始まり、2本目の研究発表の司会を頼まれる。最初とトリの発表に対しては、質問をした。ちょっと出しゃばり過ぎかなと感じたが、委員会でも極力積極的に発言して、要するに、早く飲みに行きたいだけだったんだけど…。ぶっちゃけ、私は半分、事務局員なのだ。一番の問題は、秋の大会発表者の決定だったが、私が思っていた通りの結果とあいなった。

  で、大崎駅前で飲む。注文はタブレットでおこなうというシステムは、初めて経験した。

  秋の学会大会、私はシンポジウムの司会を頼まれているが、パネリストが5人もいて、テーマも今のところアバウト、どう展開してどう着地するのか、イメージが描けない。会場校のN君から、もう少し詳しい企画案を送りますといわれる。本日の委員会で、そのシンポジウム報告は、400字詰原稿用紙15枚以内で、私が執筆することになった。打ち合わせは前日しかできないし、いつもの出たとこ勝負で臨むしかないかな。

  何のために研究をしているのか?と、最近、強く思う。ジャーゴンを積み上げて、ごく少数の「通」に評価してもらうためなのでは、決してあるまい。お前の研究に何の意味があるのか?とは、大学院生時代にしょっちゅう突きつけられた問いであったが、そういう意識をもつことの大切さが、身にしみる一方、今や半分は、身過ぎ世過ぎである。しかし、研究しているのはなにしろ、800年も昔の人間が何をやっていたのかというテーマなのだから、そうそうブレるわけでも、逃げていくわけでもない。新しいことをやれば、たちまちに古くなるが、初めから古いことをやっていれば、ちょっとやそっとで古くなりようがない。というわけで、私の喫緊の探求テーマは、「短歌とは何か?」という、実にベタなことに尽きてしまうのであった。

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