unimogroove の音楽中毒生活(06/07年版)

毎日音楽。趣味でも仕事でも色々な音楽を浴びるように聴いてます。時には好きな映画やマンガのお話も。そして日々のつれづれを。

広告

※このエリアは、60日間投稿が無い場合に表示されます。記事を投稿すると、表示されなくなります。

ブログ引っ越しのお知らせ

2007年04月14日 | Weblog
●さて、思う事あってココのブログを引っ越す事にしました。以前使ってたブログに出戻りするカッコになります。今後は、

http://blog4.fc2.com/unimogroove/index.php

のアドレスでお願いできますでしょうか。よろしくお願いいたします
コメント (18)   トラックバック (1)
この記事をはてなブックマークに追加

2007/04/12(THU)

2007年04月12日 | Weblog
●ノマド作品「おはなばたけ」。ヒヨコの好きなチューリップの花を画面一杯に描きまくってます。妹ヒヨコのために描いたそうです。

●昨日は、声が出なくて会社を休んだ。ふう。今日も午後出勤夕方帰り。ゲンナリする。仕事にカラダが追いつかない、気持ちだけが焦る。くそ。悔しい。
●ひとつ気づいた事がある。声は出なくても、口笛は吹ける。口笛か。

●読書。
●塩野七生「ローマ人の物語 すべての道はローマに通ず」上下巻。タイトルの言葉はよく言われる格言だが、これが比喩表現ではなく本当の事実だと思い知らされた。古代ローマ人はムキになってるかのような情熱で道を造りまくった。タダの道ではなく敷石で完全舗装した当時の高速道路。その領土が拡大する度に街道を通して、西ヨーロッパから北アフリカ、中東まで続く物流と情報のネットワークを構築した。そんな古代のインフラ開発だけをまとめた本。ローマ街道が第一の目的として軍隊の高速移動を目指したのは、一番最初のインターネットが米軍によって構築されたことと符牒している、と思った。
●青柳正規監修「ポンペイの遺産 2000年前のローマ人の暮らし」。西暦79年のヴェスヴィオ火山噴火で一晩のうちに地中に埋没してしまったポンペイの街。約2000年間真空パックされてた街の様子が生き生きしてて感動。塩野さんの「ローマ人~」のシリーズは紛争政争政治経済ばかりで、ローマ人って洗練された合理主義者でプラグマティストなんだなと思わせてくれるが、ビジュアル本であるこの本を見ると、混浴の公共浴場とか娼婦の家だとか肌露出高いグラマーなお姉さんの画とか、そしてローマ人の習慣だった横臥して食べる饗宴だとか、その後のキリスト教世界から厭われた、それなりに人間臭い部分がたくさん匂ってくる。

●DVD生活。絢香「FIRST MESSAGE」。去年暮れに行われた彼女の初めてのツアー最終日の様子を収録。初日の横浜ブリッツはボク自身観に行ってました。ちょっとMCが空回りしてるトコロはご愛嬌。キラキラした瞳が印象的でした。各シングル曲は、もはやボクにはキラートラックでビビッと耳が反応します。

●ジェイポップ研究。
●東京スカパラダイスオーケストラ「BEST OF TOKYO SKA 1998-2007」。エイベックス系のレーベルに移籍した後の時代のベストです。スカパラってこれまであまり聴いてきませんでした。避けてたっていうか。当時渋谷系のど真ん中でスノッブに見えてたのかな? 若くてスカの魅力もよく分かってなかった。だから重要な初期はまるで聴いてない。今回まとめて聴いて(後期だけど)立派なバンドだなと思い知った。ルーツを大切にしながら今の音楽を作ってる。ゲストボーカリストも多彩で楽しい。奥田民生、チバユウスケ(ex. ミシェルガン)、ハナレグミなどなど。吾妻光良さん(THE SWINGING BOPPERS)とやった「さらば友よ」は収録されてないけど超スキな曲でした。
●コブクロ「蕾」。もこみち版「東京タワー」主題歌シングル。ノマドヒヨコは東京タワーに遊びに行ってから、ワンカットでも東京タワーが映れば激しく反応するようになった。いつも通りのコブクロらしいドラマチックな楽曲。サビの突き上げるような高揚感が彼らの命。相方黒田さんの迫力あるボーカル特性を十分に活用した小渕さんのソングライティングは見事。やっぱ二人でやってきた時間の長さと絆が大事なのかな。

●今週のジャズボーカル。
●SYLVIA SYMS「SYLVIA SYMS SINGS」1952,1954年録音。若い頃から年齢を偽ってナイトクラブに出入りしてた彼女。その頃に知り合った BILLIE HOLIDAY が彼女の師匠。クスリと酒以外は全部マネしていたという。スタイルも少しハスキーでブルージーな匂いがする。
●FRANCES WAYNE「THE WARM SOUND」1957年。なるほど優雅で暖かいゆったりした音楽で。結婚出産を経て生活も落ち着いていた彼女33歳の作品。肩の力も抜けてリラックスした円熟の味。今のボクとタメなのに。ロックへと時代が流れて行く中で、これが最後のアルバムとなる。時代に合わせてあくせくと歌う理由もなくなったのでしょう。それも人生。
●CARMEN MCRAE「PORTRAIT OF CARMEN」1967年。彼女の声はモーレツにパワフル。例えるなら和田アキ子? 具合が悪い時にはキツくて聴けませんでした。黒人さんかと思うほどの声だけど、この人はトルコ駐米大使の娘だという。リリース元のレーベル ATLANTIC の創始者 AHMET ERTEGUN もトルコ系だから、NYの音楽界隈にはトルコ系多かったのかしら。ヒップホップ業界にはユダヤ系も多いけど。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2007/04/10(TUE)

2007年04月10日 | Weblog
●ノドにポリープの赤ん坊みたいなモンが出来た。…ゲンナリ。週末声が出なくなってノドに違和感が残ってたので病院に行った。するといきなり耳鼻科に案内され、鼻の穴に内視鏡をブチこまれ、モニターで自分のヒクヒク動くノド内部を見せつけられ、静止画で声帯の解説をされた。その結果がコレだ。
●「ココ、ココが白くなってるでしょ。これがノドの違和感の元。こういうのを放っとくと、咽頭ガンとかになるのよ。あゴメンナサイ、あくまで可能性の話だから、脅かすつもりじゃないのよ」…女医先生、初対面なのにフランクですね。「沈黙療法。とにかくしゃべんないで黙ってなさい」えー!しゃべるなって!仕事になんないじゃん。めんどくさい!

●その後新宿で新しい携帯電話を買った。ワンセグ対応だ。モバイル系コンテンツ開発とかやってるくせして、ボクはまるきりの携帯オンチだ。メールもほとんどしない。それどころか自分のメアドも説明できない。だけど今日からはバッチリ勉強して使いこなすぞ、と今の段階では決意しておく。
●そこで古い携帯データのバックアップをとってたら、通話回数ランキングが出てきた。そんな機能があるんだね……で内容を見て、ふと感慨深い気持ちになった。この携帯を使ってた2年間、誰とどれだけ話してきたのか、ボクが何に取り組んできたのか。ここに履歴が残ってる。
●ランキング第一位は自宅、第二位はワイフ、第三位はスタッフルーム、我が職場。ここまでは当然だ。
●第四位が意外だった。一緒にプロジェクトで組んでいる営業の女性担当者。ボクよりもウンと若くて経験も浅い。陰で呼ばれたアダ名が「バンビちゃん」。大丈夫かなこの娘と思ってた。実際何度も半ベソ半泣き状態で電話がかかってきて弱ったもんだ。でも最近は随分しっかりしてきてプロジェクトも好評につき拡大延長。先日はボクのミスをリカバーしてくれた。彼女、この2年で大人になったなとジンワリ感じ入った。
●第五位は直属の部下だった後輩の女子だった。この2年間限界寸前まで仕事を振りまくった。まそんなことでヘコむタイプでもないので。彼女も今週から別チームに異動。早速いい仕事してた。2年で人は随分と大人になる。ボクは2年で随分と老けた。

●松山ケンイチに注目。芸の幅、演技の振り幅が大きい。「男たちの大和 YAMATO」。地上波テレビで映画をちゃんと観たの超久しぶり。松山は戦艦大和に乗り込む一兵卒。生死の意味も分からずガムシャラに運命へと突き進む一途な若者を真摯に演じていた。そして映画「デスノート」。謎めいた探偵エルを怪演。眉を剃り落して白塗りメイク。
●で今晩はドラマ「セクシーボイス・アンド・ロボ」。原作は寡作だが濃厚な作品世界を描くカルトマンガ家、黒田硫黄(『茄子 アンダルシアの夏』)。脚本はこれまた個性的な作品で知られる木皿泉(『野ブタをプロデュース。』)。松山くん、針を振り切ったコミカル路線。一つ一つの作品で全く違う人物に成り代わる。このドラマがヒットするかはわからないが、松山くんはスゴいと思う。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2007/04/08(SUN)

2007年04月09日 | Weblog
●早起きして、近所の小学校へ東京都知事選挙の投票へ。基本的に20歳の頃から選挙は全部行く。キャンセルした事がない。投票日に仕事があった時には不在者投票。まあそれで投票した人が当選した事もないし、ことさら確認すらもしないんだけど。いわゆる無党派層の浮動票ってヤツですよ。でも投票だけはキチンとするのだ。

●そこからワイフは友達の誕生会で新宿に食事へ。よってコドモ2匹は今日1日ボクが一人で面倒を見る。非常に珍しいシチュエーションである。ボクはノマドヒヨコの手を引いて渋谷へ。連中と映画を観るのだ。
●映画「甲虫王者ムシキング スーパーバトルムービー ~闇の改造甲虫~」&「オシャレ魔女 ラブandベリー しあわせのまほう」同時上映二本立て。職場の後輩の奥さんがこの映画の関係者とあって、チケットを頂いたのだ。マジうれしい。子供向け映画も人数がかさばるとお値段がバカにならない。SEGA が繰り出したメガヒットゲームのスピンオフ映画という興味もある。
●「ムシキング」ってカブトムシの名前だったのね。国産カブトムシがヘルクレスリッキーブルーとかコーカサスオオカブトとかの外来種と互角の肉弾戦を繰り広げる。国産カブトがココまで強いのはちょっと無理ある? 声優に挑戦したドランクドラゴン塚地の活躍は立派です。
●気になるのは「ラブベリ」っス。オシャレとダンスとレディになるための魔法学校。ヒヨコがドキドキする要素を全て備えている。強力なマーケティングだわ。スウィートなラブちゃんとクールビューティのベリーちゃん。ボクはベリーちゃんが好みです。劇場にはタンバリンを鳴らしてダンスシーンに参加する娘もいた。
●ラブ&ベリーの楽しいダンスに浸っていたその時、いきなりヒヨコが「おしっこ!」おお!急げ急げ!女子トイレに送り込む。しかし無念「パパ、もれちゃった…。」しょうがないのでパンツと靴下を脱がしておシリをふいて……が、この状況はよくないぞ。だってボクは今女子トイレのド真ん中にいるんだから。誰か人が来ないうちに脱出すべし!と思ったが若いお母さんと出口ですれ違う。スゴい顔でニラまれる。ヒヨコ勘弁してくれよな…。

●ノーパンのヒヨコを GAP KIDS に連れて行く。緊急でパンツ購入。3枚2000円也。「今、お使いのようですね…試着室でどうぞ」店員さんお察しがよくて。
●その後、宮下公園でお弁当を食べる。アレルギーフリーのメニューがあるお店を探すのはホント手こずるので、ワイフがおにぎりを作ってくれた。暖かい日だまりに腰掛け、フットサルコートの様子を眺めながらシャケおにぎりを食べる。ノマドが落とした唐揚げをハトがついばみにきた。

●今度は都バスに乗って向かったのは、東京タワー。ノマドヒヨコの強いリクエスト。ガチャピン番組の特集を観て行きたくなっちゃったそうな。高さ333メートル。ココのてっぺんからテレビの電波が出て、ウチのテレビが映るのです。わかったノマドとヒヨコ? 意味なく高いわけじゃありません。
●一階入口で東京タワーのマスコット「のっぽん」の着ぐるみが愛嬌をふりまいていた。ノマド一瞥して「あ、やきいもがいる。」確かに「のっぽん」はゆるキャラだが、それは一刀両断しすぎだよノマド。展望台までは30分待ちの大行列。意外なほど込んでいる。そこでバッタリ職場の後輩の娘に会ったりも。しかもお母さんと一緒。「娘さんにはお世話になってます…。」
●エレベータで最上階へ。地上250メートルの眺望を眺める、といってもヤツラが観て知ってる建物なんてあんまないんだよね。「ほらあそこのビルがパパの会社だよ」「向こうに海が見えるね、船もいるよ」「ママがいる新宿はあっちの方のトンガったビルのあたりだよ」ヒヨコ「ひとがアリンコみたいだね」ノマド「ノマドのおうちはどこ?」それはさすがに見えません。

●そして、勢い余ってあの伝説の「蝋人形館」まで行ってしまった。これはボクも生涯で初めての経験。人形のラインナップが素晴らしい。ジェームス・ディーンやマリリン・モンロー、マーロン・ブランドやエリザベス・テイラー、マドンナ、ジョディ・フォスター、シャロン・ストーン。このヘンはマトモだよね。でも次のコーナーは政治家。ホーチミン、毛沢東、蒋介石、吉田茂、チャーチル。渋過ぎるっつーの! ダヴィンチが描いたキリスト最後の晩餐の様子とか、もはや5歳4歳児に何の接点もないし。ヒヨコは最後の方は不気味がって走って逃げようとしてた。
●そして最後のコーナーが圧巻。なぜかジャーマンプログレやハードロックの大物がたくさん登場。FRANK ZAPPA、ROBERT FLIPP (KING CRIMSON)、RICHIE BLACKMORE (DEEP PURPLE)、KLAUS SCHUIZE (ASH RA TEMPEL)などなど、似てるかどうかもわからんマニアックな人選がこれでもかというほどの不気味なリアリティで屹立してる。一般人にとって完全に理解不能かつ理解する価値のない世界が高ボルテージで存在するミステリーゾーン。このバランスの逸脱ぶりは、男気と根性とちょっとばかりの狂気の結果。
●出口のお土産ショップエリアも、普通のCD屋の1000倍の濃度を持つマニアックぶりで驚愕。これだけ充実したプログレ系CD&グッズの在庫は都内でも最高ランクですわ。70年代ジャーマンプログレの重要人物でエレクトロニカを30年先行して人力で展開していた男 MANUEL GOTTSCHING の代表作「E2-E4」のジャケをもじったTシャツを購入。こんな珍品他じゃ観た事がない。

●ウチに帰ってお絵描き帳に東京タワーの画を描くコドモたち。明日から新学期。学年も進級する。春休みの最後にいい思い出になったかな。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2007/04/07(SAT)

2007年04月07日 | Weblog
●朝、目を覚ましたら声が全く出なくなってた。またノドやっちゃった。ふう。1月頃もぜんそくをこじらせて声が完全に出なくなってた。その時はささやくようなかすれ声で電話では全くコミュニケーションができなくなってた。ホントは会社に電話かけて確認したい事があるんだけど、今日も100%無理。
●不思議なもので、ボクがかすれ声でしゃべっていると、その話し相手までもがボクにあわせてヒソヒソ声でしゃべってくる。別に合わせる必要なんてないのに、無意識に合わせちゃうようだ。しかもさらに困るのが、そんなボリュームを絞ったヒソヒソトークを、周囲の人はボクがナイショの密談をしてると錯覚して、わざと聴かないようにしたり席を外してくれちゃったりする。いやいやそんなつもり全然ないから。ヘンな意味持つと困るから。

●夫婦ともに具合が悪いので、コドモ2人はジジババのおウチにお泊まりしてゆきました。ジジババに大好物の焼き肉をごちそうしてもらい超ゴキゲン。「よろこんでー」を連呼しまくる。これ我が家がよく行く下北沢「牛角」の店員さんが注文受ける時のかけ声。お店全体が「よろこんでー」と声を掛け合う様子が面白いらしい。「焼き肉」=「よろこんでー」ってどうなの?

●70年代のロック超定番を聴く。この前の ERIC CLAPTON に続き、今回は T.REX。DAVID BOWIE とともに70年代を妖しく彩ったグラムロックのヒーロー、MARK BOLAN の俺ユニット。
●T.REX「ELECTRIC WARRIOR」1972年。邦題「電気の武者」。TYRANNOSAURUS REX と名乗ってた頃は、ギターとパーカッションだけという構成で湿り気ジトジトの陰気なサイケを演ってた。いわば虚弱な「魔法使い」という印象。魔法使いは重い武器は装備できないからね。そこからドラクエ風に"てんしょく"して「武者」に変身。名前もバッサリ短くしてエレキの甲冑で完全武装。有名曲「GET IT ON」でラウドなブギーを弾き出す。でも元キャラが魔法使いであった事は超重要で、妙にナヨナヨした声とか陰影のある曲調は彼の希有な個性になってる。実際、改名前後で突然モデルチェンジが完了したわけじゃなく、サイケフォークからブギーロックへの移行はわりとじっくり進んでた。このアルバムは改名後の2枚目でサイケな佳曲も多い(「COSMIC DANCER」はサイケでイイね!)。バリバリのブギーをもっと聴きたいならこの後のアルバムの方がいいでしょう。最後は黒人シンガーの彼女を作って、ブラックミュージックに接近する。そして事故死。

●今日のソウルミュージック。
●BLUE MAGIC「BLUE MAGIC」1974年。昨日に引き続いてまたまたフィリーソウルを聴いてます。フィラデルフィア出身の5人組ボーカルグループ。数々のフィリー産名盤を生み出したスタジオ SIGMA SOUND で収録されてます。70年代にフィラデルフィアから発信されたソウルミュージック、いわゆるフィリーソウルは、優雅でゴージャズなアレンジや美しいバラードが特徴だけど、華麗なファルセットボーカルが大きな魅力。キムタクGATSBYの原曲で知られる THE STYLISTICS も、THE DELFONICS も美しいウラ声が素晴らしい。この BLUE MAGIC もそんなグループ。ボク好みのアップチューンは少ないけど、シットリ聴かせます。

●ジェイポップ研究。
●BEGIN「BEGINNING」1989年。沖縄出身のブルーストリオ。沖縄ルーツを明確に自覚した活動と楽曲でジェイポップ界にしっかりとした足場を保つ彼らは、元を正せば「平成名物TVいかすバンド天国」出身のイカ天バンドです。みんなさっぱり忘れてるけど。でこのミニアルバムは、5週勝ち抜いた「イカ天チャンピオン」の特典としてリリースされたものの再発。
●当時深夜テレビに夢中だったバカ中学生のボクは、彼らのOAをリアルタイム(生放送)で見てました。バカな事するだけに命懸けのバンドばっか出てたこの番組の、バカな部分だけに夢中だったバカなボクには、彼らの音楽が正直退屈だった。でも今聴くと、彼らが最初から完全に成熟してたのがハッキリ分かるしスゴいと思う。デビュー曲にして代表曲「恋しくて」といくつかのカバー(クラプトン、カーペンターズなど)を収録。沖縄ルーツへの意識はまだ見当たらないけど。最新曲「ミーファイユー」も好きでよく聴いてます。

●中孝介「花」。こちらは奄美大島の島唄をベースにした若き唄者(うたしゃ)。今ボクが注目してる期待のホープです。ひらひらと翻るファルセットが美しい。今回のシングルの詞曲提供は森山直太朗で、森山バージョンも聴いてみたくなる、心温まるバラードだ。

●キンモクセイ「さくら」。なぜか近年のジェイポップ世界は、春になるとムキになってサクラにちなんだ曲を出しまくる。で、開き直って他人様のサクラソングを片っ端からカバーしまくったのがこのアルバム。直太朗、河口恭吾から宇多田「SAKURAドロップス」、福山「桜坂」などなど。このバンドは歌謡曲へのコンプレックスがまるでなく、楽曲や楽想への距離感が絶妙。「有名曲のパンクカバーです」とか「あの曲をラップにしてみました」とかじゃなく、原曲のよさに正面から組み合ってイイものにしてる。そんな姿勢に好感を感じます。

●アンジェラ・アキ「HOME」2006年。ボクは彼女のことをインディーデビューの頃から注目してて、シングル全部チェックしてライブも3回観てDVDも観てるのに、なんと去年のメジャー1STアルバムを聴いてなかったということに、この前初めて気がついた。ああダメじゃん。だってジャケがシングルアルバム全部そっくりなんだもん(←いいわけ)。でも聴き馴染みのある曲満載で心にしっくりハマる。彼女が提供した「めざましテレビ」の今期のテーマ曲、あれをちゃんと聴いてみたいな。朝らしい明るい曲なのに、スタジオライブでナカミーら女子アナ陣が感涙しまくってるのはなんで? 泣くなよ!ヘンだよ!

●RAG FAIR「夏風便り/ココロ予報」。こちらは日テレ「ズームイン」のお天気テーマ曲です。アイドルっぽくもあり、イロものっぽくもあるが、その本性は真っ当なポップス職人。技術も高い。音楽を深く愛しその伝統に敬意を払うソングライターです。明るくて楽しい曲だ。

●YUI「CAN'T BUY MY LOVE」。女優業も務めて完全ブレイク、満を持してのセカンドアルバム。あどけない細い声と、猛烈にトゲっぽいメッセージのギャップが、少女特有の思春期の危ういアンバランスを象徴してるようでスリリング。「尊敬できない大人のアドバイス アタシはあなたみたいにはなりたくないと思った」一曲目からいきなり胸を突き飛ばされる気分。ドラマ/映画でよく聴こえてきた比較的ポップなシングル曲が歌う、不安や孤独や希望は、そんな不器用な場所から響いてきた叫びと心得よ。最新シングル「CHE.R.RY」だけは、そんな彼女の持ち味からは想定できないほど甘口でチャーミングでビックリ。「恋しちゃったんだ」と彼女に言わせたオトコに素朴に嫉妬(←バカ妄想)。いまだ20歳。彼女の新路線に今後も注目。

●THE イナズマ戦隊「熱血商店街」。最高に元気のいいバンドなのです。RCサクセションからウルフルズへと繋がってきた日本語ロックの一番バタ臭い部分を正統継承していく男達なのです。分の悪い勝負を承知で度胸と根性で踏ん張るカラ元気こそ男の真価というものではないか。もっと聴かれて欲しいバンドです。
コメント   トラックバック (2)
この記事をはてなブックマークに追加

2007/04/06(FRI)

2007年04月07日 | Weblog
●ワイフから風邪を伝染されて、また調子が悪くなった。頭痛と咳。今日1日会議打合せでずっとしゃべり続けていたら声が潰れてしまった。ブルースがかったハスキーボイス。週末はひたすら黙りこくってリカバリーせねば。

●今週のソウルミュージック。2枚行きます。
●THE TEMPTATIONS「HERE TO TEMPED YOU」1977年。テンプスといえば名門 MOTOWN の全盛期を支えた看板選手。60年代のズバリモータウンなポップスも、70年代前半のサイケデリックファンク路線も大好きである。しかし、そんなテンプスがモータウンに冷遇されて、一時期脱退してたってことを今回初めて知った。このアルバムは、古巣を飛び出して ATLANTIC でリリースした2枚のアルバムのうちの1枚。フィラデルフィア・シグマサウンドスタジオでの収録。完璧なフィリーソウルに仕上がってる。隠れた名盤ってヤツ? かなりイケてますよ。
●BROOK BENTON「TODAY」1970年。これは一曲目のバラード「RAINY NIGHT IN GEORGIA」に尽きる。「ポロロン…ポロロン…」と甘くメランコリックに響くギターのイントロだけでゴハン3杯イケます。ジョージアの雨の夜…雨の夜…雨…雨…雨…。全く救いのない暗い歌詞なのに、優しく沁みる声が温かい。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2007/04/04(WED)

2007年04月04日 | Weblog
●今日、息子ノマド5歳と神経衰弱をやってガチンコで負けた。一枚差で負けた。むむむコイツ侮れない。ちなみにワイフは3組しか取れなかった。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2007/04/03(TUE)

2007年04月03日 | Weblog
●息子ノマドのダンスビデオを今一度鑑賞。踊る顔も真剣だがビデオをチェックする顔も真剣。おいおいノマド一体ナニ目指してる? 一方画面内で一緒に踊る娘ヒヨコも、かなりのフリースタイルぶりで立派なモンだということが判明。オマエらホントに愉快なコドモだよ。
●そんなヒヨコ4歳はボクの i-Pod で音楽を聴くのが楽しいらしい。宇多田ヒカル「ぼくはくま」とかmihimaru GT「かけがえのない詩」(映画「ドラえもん」の今年の主題歌)を聴いてご満悦。イヤホンの中の音に反応して顔の表情をクルクル変えてニコニコする様は、作り立ての豆大福がホカホカしてるみたいで笑える。「女は愛嬌さえあれば人生大丈夫、と母が教えてくれました」と言ったのは去年寿退社した元部下の23歳女子(今月出産予定)だが、その意味では我が愛娘のサヴァイヴ能力は結構高いような気がする。「パパはカゾクだからヒヨコとなかよしだよね」おお天然なのか戦略なのかその両方なのか、コチラのハートを的確に掴むコメントにパパは感激のハグをムギュー。とにかくパパもヒヨコが大きくなっても仲良しでいたいよ。
●そんなヒヨコと一緒の夕食での一幕。ワイフ「ヒヨコごはんはよく噛んで食べなさい。すぐゴックンしてるでしょ」そこにかぶせてボク「ヒヨコ、よく噛んでごはんを食べると、アゴの筋肉が鍛えられておカオがスッキリしてくるぞ」ヒヨコ「えー!おカオがキレイになっておハダすべすべになるの?」ああ?そこまでは言ってないだろ。「あーとにかく、美人さんになれるかも知れないからモグモグ頑張ってください」「はーい!」このヒヨコの図々しさはホントに頼もしい。

●今日のBGM。
●ERIC CLAPTON を3枚聴く。これも最近職場の奥底で発見されたCDの中に混じってた。全部LPで持ってるんだけど、CDで聴き直すと全然新鮮に聴こえる。それぞれのアルバムが、「LAYLA」「I SHOT THE SHERIFF」「WONDERFUL TONIGHT」と、クラプトンのキャリアを代表する超ド級メジャー曲を搭載している。がゆえにソレばっかに目が奪われてしまってた。今日聴いて初めて、他にもバリバリと元気のいいブルースロックがてんこ盛りと気づかされた。
●DEREK & THE DOMINOS「LAYLA」1970年。ケンカ別れでアルバム一枚きりのバンドとなったが、今やロックの教科書必修科目扱い。LP2枚組の大ボリュームに胃もたれ寸前っス。炎のロック「WHY DOES LOVE GOT TO BE SO BAD ?」 からジミヘンのカバー「LITTLE WING」そして名曲「LAYLA」へと流れていく後半の展開がたまんないっス。
●ERIC CLAPTON「461 OCEAN BOULEVARD」1974年。一時ドラッグ中毒でダメ人間に成りきってたクラプトンの社会復帰作。レゲエと BOB MARLEY を全世界に知らしめた名カバー「I SHOT THE SHERIFF」もいいが、一曲手前の「GET READY」も結構レゲエ風味。一曲目&ラス前&ラスト曲の軽快痛快ブルースロックこそ素晴らしい。
●ERIC CLAPTON「SLOWHAND」1977年。しっとりバラード「WONDERFUL TONIGHT」なんかより、ドンヨリ辛気くさい一曲目「COCAINE」の胸くそ悪さこそがクセになる。ジャンキー地獄の底辺を舐めて戻ってきた男だから歌えるキッツいシャレってことか?
●60年代には THE YARDBIRDS や CREAM でギターヒーロー気取り、70年代はクスリまみれなのに上記3枚で大活躍、90年代はアンプラグド路線で大御所ポジションと、時代時流をうまく掴む小器用なオッサンだなと、正直いい印象を持ってませんでした。
●でもこの人のCDを一歩引いて冷静に聴くと、ひたすらブルースだけをやりたがってる、ただそんだけ!という姿勢が見えてくる。60年代から00年代までこの人ブルースから離れた事がない。演ってることが変わらない。最近は B.B. KING と一緒に演ったり ROBERT JOHNSON のカバーだけで一枚アルバム作ったりと、ブルース一本槍だわ。この人のキャリアは、時流に合わせて生き残ったというモノではなく、大きな軸を見失わずに継続してきたことで成功してんだなと、納得したのだった。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2007/04/01(SUN)

2007年04月03日 | Weblog
●ウチの会社はホントに変なモノが沢山転がっている。今日は会社でアンパンマンの五月人形をゲットした。身長10センチほどのアンパンマンが兜をかぶって鯉のぼりに跨がっている。でコドモたちに説明する。「3月にはひな祭という女の子の日があるが、5月には端午の節句という男の子の日がある。その日にはこうした兜をかぶった人形を飾るのだよ」「カブトってナニ?」息子ノマドよいい質問だ。「戦いの時、アタマを斬られても平気なようにする丈夫な帽子だ。ちなみにこの2本のツノの部分はクワガタという」すると娘ヒヨコ「…にんげんがにんげんをきるのはコワいからキライ」…そうだな、戦争は確かにヤだな…。ノマドにせがまれつつ新聞紙でカブトを作りながらそう思った。

●先日会社で発掘された80年代&70年代のCDの束、これもいい掘出し物である。すでにLPで持っているモノがたくさん。でもCDで聴いてみるとまた違う表情を見せてくる。てかボクはLPを真面目に聴いてないつーことかな。いつも盤質ボロボロの激安盤ばかり買うし。CDのクリアな音がたまらない。
●10CC「THE ORIGINAL SOUNDTRACK」1975年。音がキレイで丁寧。高音質はプログレ音響開発の成果かもだが、メロディがこれまたポップでキレイ。
●THE POLICE「OUTLANDOS D'AMOUR」1979年。パンク革命の余波を受けてか切羽詰まったビート感がしびれるファースト。でも連中インテリなんだよね。
●THE STYLE COUNCIL「CAFE BLEU」1984年。半分近くを占めるインスト曲が軽妙で洒脱、その後のアシッドジャズすら連想させます。

●そんな音楽を家で聴いていると、我が家のコドモ達がダンスを踊りたい、と言い出すようになった。今日もスタカンからポリス、ウィルソン・ピケットからスピナーズと繋げるDJプレイでダンスフロア(我が家のコタツ周辺)を煽る。
●一応バレエに通っている兄妹、カラダを動かして感情を発露する事にコイツら抵抗がない。別に教えられてもない即興のダンスを心の衝動に突き動かされるままクネクネ踊るのである。とくにノマドがヒドい。ノリが悪いと「もっとハヤいのにしてよ」とボクの選曲にダメ出しもアリ。最後はコタツの上で踊ってママに怒られる。なのにボチボチ自信があるのか、母親にビデオ撮影を強要し、自分の踊りを鑑賞して悦に浸るのである。末恐ろしい。

●DVD鑑賞。
●映画「キング・アーサー」。主演:クライブ・オーウェン。最近色々な所で活躍するイギリスのムサいお兄さん。イギリスに伝わる民間伝承「アーサー王と円卓の騎士」のお話がテーマ。その民間伝承は5世紀頃、ローマ帝国支配最末期に活躍したブリタニア(現イギリス)の指導者がモデルになっているという。今作ではローマ軍外人騎兵隊を率いた武将アーサーが主役。大陸から侵入するゲルマン系のサクソン族と、彼らと戦うケルト系原住民。ボクはキリスト教以前の古いヨーロッパに不思議な魅力を感じて止まない。ローマ帝国の本を読む理由も同じだ。キリスト教に虐げられ圧殺された文化に光を当てたい。

●マンガ生活。
●山口貴由「シグルイ」8巻。死狂い。師匠を討たれた藤木源之助と宿敵・伊良子清玄の私闘がとうとう始まる。剣撃の一閃一閃が速く重く痛い。ヒリヒリする緊張感は「バガボンド」以上っスよ。アニメ化決定らしいけど、臓物ブチまけ残酷表現満載でかなり無理があります。
●こうの史代「街角花だより」。広島原爆症を扱ったタフな題材で名を上げた作家さんだけど、市井のささやかな幸せをチャーミングに描く事こそホントの持ち味。ある花屋さんで働く地味地味店長と男勝りなサバサバ店員の、不思議な女子凸凹2人組。この人の作品に出てくる女性とはなんか友達になりたくなってくる。不思議だわ。
●我がマンガライブラリーから水野純子のマンガをヒヨコが発見。水野純子の作風はブリブリのカワイイ画だけど内容は毒満載。「みたいみたい!」とせがまれて見せたはいいが、なんか違和感を感じた模様で戸惑い顔。ちとキミには早い。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

2007/03/30(SAT)

2007年04月01日 | Weblog
●今週は3月末の金曜日。新橋の居酒屋でスタッフの歓送迎会。新人スタッフで一番の若者は20歳で86年生まれ。ファミコンより年下だよ! 抜けていくスタッフを送り出す楽しい余興も用意されてて、普段よりもずっと盛り上がった会だった。
●この3月で、6年一緒に働いてきた後輩がチームを抜けていくことになった。年齢の割に全然落ち着いてなくて、いつも緊張感が足りなくて、仕事のツメも甘くて、怒鳴り飛ばした事だって何度もあった。でも不思議な愛嬌があって、いつも飄々としてて、ロックが大好きで、なんか憎めないヤツだ。彼は今の仕事をステップにして、高校生の頃から憧れていた会社に移っていく。
●彼に初めて転職を相談された時は、ボクは消極的なことを言ったと思う。イイ話だけじゃないぞ結構な冒険だぞ大変だぞと。でもしばらく考えて思った。コイツはそんな心配でクヨクヨ悩むタイプじゃない。心配するタイプだったら仕事で何度も怒鳴らずに済んでた。冒険を冒険と、大変を大変と感じるタイプじゃない。ああコイツ大丈夫だ。心配性のボクには出来ない決断を、コイツは飄々とこともなげにしていくのだろう。……そっか、お前行くんだ…ちょっと寂しくなるな。

●送別会の最後に、彼の同期が、彼へ宛てた手紙を読んだ。奴隷労働とも言えるような過酷な仕事に共に耐え忍んできた仲間だ。戦友だ。手紙を読む声が涙で震えている。さっきまで爆笑の絶えなかった居酒屋が、多くのスタッフのすすり泣く音に包まれた。手紙の内容はほとんど聴けなかった。彼らの表情を見るだけで涙が溢れ出てしまう。同じ現場で戦ったその思い、ボクにも手に取るように理解できる。大人げなくボクも泣いた。
●…ところが「じゃ unimo さん、締めのあいさつを」えーっこの直後でボクがしゃべるのかよ。こんなにボロボロ泣いちゃってるのに。声だって裏返ってるし。人前でこんなに涙をさらした事なんてないよ。かっこワルい。恥ずかしい。仮にもチームのリーダーなのに全然余裕ないじゃん。
●何を話したかなんてほぼ覚えちゃいない。ただ思ったのは、こんな濃い人間関係で結ばれたチームを作ることが出来たのが嬉しくてしょうがないこと。発起人としてボクが立上げたチーム、6年かけてココまで来た。仕事をし過ぎてボクもカラダを壊した。文字通り命を削ってこのチームに取り組んだ。それは意味のあることだったと、しっかり感じることができた。

●今日のBGM。深酒で夜更かしした翌日は午後一杯フトンにくるまってゴロゴロ。
●ジャズヴォーカルに挑戦。白人女性ヴォーカル。実はジャズヴォーカルって分野、15年も音楽を聴いてきたくせにボクにとってはなんと初体験。まだまだケツが青いぜ。音楽の世界は奥深く広大である。
●ジャズヴォーカルって言ったって、ジャズをバックにお姉さんが歌ってるだけじゃん、と思われる方も多いでしょう。しかしそんな発想に何か微妙な違和感を感じて、ボクは聴くのを避けてきたのです。
●ジャズの醍醐味とは、筋書きのない即興演奏を通じてプレイヤー同士が火花を散らして激しくぶつかり合うスリルだ。でも歌詞という段取りが決まってるヴォーカリストという立場はアドリブ合戦にどんな関わり方が出来るのだろう?ヴォーカルはボクの思うジャズとは相容れないのではないだろうか?……これはボクが長く捕われていた実に偏狭なジャズ観。
●しかし今年久しぶりにまとまった量のジャズを聴くようになって、ジャズの多面的な魅力に偏見なく浸ることが出来るようになった。ジャズの意味はガチのアドリブだけという訳じゃない。だからこそ今ジャズヴォーカル。ロック、リズム&ブルース以前の歌唱表現の世界へ。

●CAROL STEVENS「THAT SATIN DOLL」1957年。ビッグバンドの優雅な演奏にあわせて自在にスキャット。歌詞なぞほとんどない中で堂々とメロディを歌い上げる。完全に楽器的に響くその声は少し低めでブルージー。これはジャズっぽいぞ。しかし彼女はいわゆる一発屋で、このアルバム以外はほとんど知られていない。小説家ノーマン・メイラー(「ホワイト・二グロ」「鹿の園」)の彼女だったことも。
●BETTY BENNET「NOBODY ELSE BUT ME」1955年。40年代から数々のビッグバンドを渡り歩き旅巡業で歌い続けた女性。西海岸の洗練されたスタイルの演奏をバックに歌う声は、気高い品格を感じさせる。あまりに洗練されすぎててジャズっぽくない。
●ANN RICHARDS「ANN, MAN !」1961年。強い意思を感じさせる青い瞳がコッチを見ている。少しはだけた背中から肩、うなじへの線が官能的。本作のジャケは実は当時の「プレイボーイマガジン」に掲載された彼女のグラビアショットを使ったもの。肩までしか見えないこのジャケ、当時は大変な悩殺写真だったという。ジャズカルテットとともに聴かせる歌唱はとても情熱的。この約20年後、彼女は拳銃自殺を遂げる。
●NANCY HARROW「YOU NEVER KNOW」1962年。ジャケの中からこちらを見据える彼女の眼差しに知性と気品を感じる。よく通る声でまっすぐに歌う歌は明瞭に歌詞を伝える。ロック全盛の60年代には音楽を離れ編集者の仕事をしていたが、70年代にはカムバックして、以降00年代に至るまで継続的に音源をリリースしているという。

●今日はストレートなモダンジャズも。
●ART PEPPER QUARTET「MODERN ART」1956年。ニューヨークのジャズよりもより洗練されたスタイルを目指したウエストコーストジャズ。そんなシーンを代表した白人サックス奏者。本人は重度のヘロイン中毒でボロボロだったというが演奏は最高。スマートで鮮やか。シンプルで明快、軽妙でシャレてる。
●ART PEPPER には個人的な思い入れがある。ボクの父親はジャズ好きで我が家はいつもジャズが鳴らされてた。そんな父親への拒絶反応か、子供の頃のボクはジャズが大嫌い。録音が古くさいしウタが入ってないし全部同じに聴こえて退屈だし。その頃はアーティストの名前もレコードの名前も気にしたことすらなかった。
●音楽が好きになってジャズに興味が芽生えたのは、大学に進んだ18歳の頃だった。で父親の古いレコード棚をあさって出てきたのがこの ART PEPPER。5~6枚くらい出てきたかな。ボクが聴きたかった CHARLIE PARKER は一枚しか出てこなかった。そこで父親にボクは聞いた「なんで ART PEPPER が好きなの?」「ゴチャゴチャしてなくてウルサくないからだよ」聴く者を熱く激しく煽るビバップこそ真っ当なジャズだと思ってた当時のボクはその答えに物足りなさを感じ、またまた父親に失望した。
●33歳になった今、初めて自分のお金で ART PEPPER を買って聴いている。神経がやや壊れてしまった今のボクには、ひたすら扇情的なだけの音楽がキツくなってきている。ART PEPPER はジャンキーでぶっ壊れた人だったが、音楽はスッキリしてて明快だ。ゴチャゴチャした毎日を騒がしく生きてるボクは、そのゴチャゴチャぶりに整理をつけて大事なモノが何なのかスッキリさせることが必要になってきた。自分の輪郭を明確にしないと日々の激しいノイズに自分を見失う。要らないモノはそろそろ背中から下ろしていこう。欲張り過ぎるのは止めよう。それが「オヤジになる」「マルくなる」ということなら、ボクもとうとうそういう時期を迎えたっつーことだ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加