無意識日記
宇多田光 word:i_
 



『ファントーム・アワー』のジングルってどちらかというとAMラジオのノリだよね。ヒカルのラジオのイメージがそっちなんだろうか。オールナイトニッポンとか。

昨日の関東では文化放送で『ファントーム・アワー』が放送された。AM放送だ。雑音にまみれながら聴くヒカルの声もいいもんだ。FMと違ってAMはRadikoで聴かず受信機で聴くと独特の音質で、これに味を感じる。

しかし、モノラルな事もあって、案の定音楽、器楽演奏はよく聞こえない。そのワシャワシャの中から突き抜けてくるヒカルの歌声。力強いなと思っていたら最後に藤圭子だ。その声の通りのよさといったら、ない。

考えてみれば藤圭子が活躍したのは60〜70年代。CDなんてまだまだ先の話で、ラジオも基本的にAM放送局しかなかった。藤圭子は「AMラジオの時代」の寵児でもある訳だ。一方でテレビが「娯楽の王様」として君臨し始めてもいる頃だが。

なるほど、これだけ通る声、AMラジオで有利な訳だ。流石にレコーディング時に「家庭のラジオ受信機での聞こえ具合」まで気を配らなかっただろうが、結果的に藤圭子の歌は超特大ヒットしていた訳で、そのうちの多くの人々がAMラジオで藤圭子の歌声を知り、レコードを買い求めたのだろう。

その時代から半世紀。よもやその歌手の娘もまた歌手になってAMラジオに登場し、そこで2人の歌をそれぞれに流すだなんて御釈迦様でも見通せなかったのではないか。随分と時間のかかった壮大な物語だが、歌自体に変わりはない。代わりもいない。また半世紀後に、今度は親子孫三代にわたって選曲してくれる番組も、在るかもわかんない。それまで存続頑張れAMラジオ放送局。或いは我々も頑張れよ。

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コメント
 
 
 
ふぁんとぅめ (レキシントンの幽霊)
2016-10-13 20:35:01
あのジングルに若干のオドロオドロしさを感じ、本当は幽霊の意味でファントムってつけたかったのかなと勘ぐってしまいました。あるいは6〜8年越しに出現した宇多田ヒカル自身が今時の若者やかつてのリスナーにとってお化けみたいだろ?って意味なのかしらとか。それでも6年間ずっと彼女の気配はあったわけですが

そういうユーモア(って俺の勝手な妄想解釈ですが)こそ宇多田ヒカルだよなととても嬉しくなりつつ母子共演に軽く涙ぐんでしまいました。道端でイヤフォンしながら
 
 
 
村上春樹ですかー (i_@ファンと埋め)
2016-11-05 00:54:11
本当に幽霊のつもりでつけたんだと思いますよ。
寧ろ「気配」の方が後付かもしれません。そこらへんは微妙ですが。
でも、それじゃ直接的過ぎて憚られるので、
いろんな意味でオブラート。いつものことと言ったらいつものことですね。
 
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